Promissory estoppel/clean hands(英文契約書の解説〜英国法・コモンローの観点を中心に〜)


 法務部員が英文契約書をレビューする際に役に立つ英米法の基礎知識です。



 今回は,Promissory estoppel, clean handsという法律概念について説明しておきます。

 

 

 いずれもエクイティ(equity)(衡平法)上の概念です。日本法の下では,近い概念として,前者は「禁反言の原則」,後者はそのまま「クリーン・ハンズの原則」などと呼ばれ,信義則(民法1条2項)の一般に派生原理として理解されています。

 

 

 Promissory estoppelについては,considerationの項において少し説明しましたが,本来consideration(約因)を欠き法的拘束力が生じないはずの合意(例えば,債務免除の合意)が,例外的に修正され,当該合意が法的拘束力を生じる(先の例で言えば,債務者が債務免除の効果を受けられる)ことを可能にする理論です。

 

 

 Considerationを欠くとはいえ,一度約束したにもかかわらず,その約束前の状態に意思表示者を復帰させることが衡平を欠く場合があるという観点から生まれたequity上の概念です。

 

 

 もっとも,このpromissory estoppelが認められる場面は必ずしも明確ではなく,当該状況に照らして裁判所が判断するものです。Promissory estoppelのリーディング・ケースとしては,Central London Property Trust Ltd v High Trees House Ltd [1947] KB 130が挙げられます。

 

 

 このケースではアパートが賃貸されたが,第二次世界大戦の影響により,賃借人が約定賃料の支払いが困難となったため,家主がこれを半額に減額したという事情がありました。このような事実関係の下,House of Lords(当時の最高裁判所に相当する貴族院)は,戦争終結後においても,家主は戦争中であった1940年から1945年の間の賃料の減額分を遡って請求することはできないと判示しました。

 

 

 本来,家主の減額についての合意はconsiderationを欠いている(賃借人はこれに対する対価的負担を何ら負っていないため)ため,減額合意は無効であり,したがって減額した家賃を後に請求できるという結論になりそうです。それにもかかわらず,House of Lordsはestoppelの効果として,この減額合意の効力を肯定し,家主はもはや減額分を請求できないと判断したものです。

 

 

 さらに,promissory estoppelによって元の状態に復帰する権利が完全に消失してしまう(extinguish)のか,それとも状況により一時中断している(suspend)だけなのかについては見解に争いがあります。

 

 

 House of Lordsの判例で著名なものの一つとして,Tool Metal Manufacturing v Tungsten [1955] 1 WLR 761があります。このケースでは,戦争中に支払いが困難となったため特許のロイヤリティ等の使用料の一部を免除したという事実関係の下で,promissory estoppelの理論により,戦争終結後においても使用料全額を請求できる状態に復帰できないのかということが問題となりました。

 

 

 本件では,上記の賃料減額の事案と異なり,既に減額した戦争中のロイヤリティの減額分を遡って請求できないかということが争われたのではなく,戦争終結後に,将来の分について元々のロイヤリティの額に戻せないのかという点が問題となったものです。

 

 

 結論としては,一部免除合意は戦争中に拘束力を有し,終了後は元の立場に復帰できる,つまり本来の合意がpromissory estoppelによりsuspendされていたに過ぎないと判示され,将来分については元のロイヤリティ額で請求することが認められました。

 

 

 この理論によれば,先の賃料減額に関するHigh Trees事件においても,戦争終結前までの分の減額分を遡って回収することは否定されますが,戦争終結後,将来分の満額の家賃請求はできるということになります。

 

 

 これに対し,上記のような継続的に支払義務が生じる契約ではなく,売買契約など一回の支払義務のみ生じる契約の場合は,結論ははっきりと定まっていません。

 

 

 この点,D & C Builders Ltd v Rees [1965] 2 QB 617では,傍論(obiter dicta)でではありますが,一括払いのようなケースでは債権者は元の状態に復帰することはできないと述べています。一回の支払いについて免責する以上,その後の復帰は考えていないということなのでしょう。

 

 

 もっとも,前述のTool Metal事件やHigh Trees事件を見れば,戦争という特殊な事情の中,一時的に賃料やロイヤリティを減額したという意思が見て取れます。

 

 

 したがって,債務の減免などを約束をした当事者が,一時的な権利を相手方に付与したに過ぎない(Tool Metal及びHigh Trees事件)のか,それとも,将来にわたる権利を付与したと言えるのか(D&C Builders事件)の意図によって結論が変わってくると考えられるでしょう。

 

 

 Tool Metalと High Trees事件では,賃料やロイヤリティの額が,戦争という特殊事情を考慮して,その期間のみ減額されたと見ることが妥当です。そのため,その期間を脱した後は,元の額に戻すということが合理的です。しかし,D&C Builder事件では,そのような事情が見て取れないというわけです。

 

 

 契約締結の際に,このestoppelに留意して定めるべき条項があります。それは,no implied waiver(黙示に権利放棄したとみなされない)という条項です。

 

 

 これは以下のような事態を防止するために設けるものです。例えば,契約違反が一方当事者にあったとします。この場合,innocent party(被害者)は,相手方の契約違反により,損害賠償請求権など救済のための権利を取得します。

 

 

 ところが,innocent partyがこれを行使せずに放置していた場合,黙示的にこれを放棄したものとしてestoppelにより行使が認められなくなる場合があり得ます。

 

 

 「放棄する」と明確に意思表示したのではなく,権利行使をしないという黙示的な行動によっても,estoppelの理論により権利行使が認められなくなる場合があるのです。

 

 

 こうした事態を防止するために,no implied waiverを定め,仮に救済となる権利を行使しなかったとしても,放棄したとはみなされないとしておくのです。 

 

 

 次に,clean handsについて簡単に説明します。これはequityによる救済を受けようとするものは,自らも義務違反等をしてはならない(cleanでなければならない)という原則です。仮に自らも契約違反等をしていれば,equity上の救済措置を得られなくなります。

 

 

 例えば,賃貸借契約期間の満了前に,賃借人の都合により途中で契約を解約する必要性が生じたところ,家主がこれに口頭で応じたとします。ここで,このような途中解約の合意はsurrenderと呼ばれ本来はdeed(捺印証書)により行うべきとされています。

 

 

 しかし,ここではdeedではなく口頭で行われていますから,中途解約の合意の効果は,equity上の権利となります。このequity上の中途解約の効果を賃借人が主張するには,自分に契約違反等があってはならないというのがclean handsの考え方です。

 

 

 したがって,仮に,賃貸借契約上禁止されているビジネスを賃借人が当該物件で行なっていたという契約違反の事実が,家主の中途解約承諾後に発覚した場合,家主は,clean handsの原則により解約合意の効果を否定することできるというような理屈です。

 

 

 賃借人に契約違反があった以上,equityによる救済が否定されるということです。結果,賃借人は,本来の契約通り家賃を支払い続けなければなりません。前述したとおり,equityというのは,コモン・ローの体系で生じた不都合を回避するといういわば二次的な救済のための法源ですから,これを利用するには,自らは潔白でなければならないということです。

     

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