英文契約書の相談・質問集112 売買契約で所有権の移転時期を定めることは重要でしょうか。
英文契約書の作成,チェック(レビュー),翻訳(英訳/和訳),修正の依頼を受ける際によく受ける相談・質問に,「売買契約で所有権の移転時期を定めることは重要でしょうか。」というものがあります。
英文販売店契約書(Distribution/Distributorship Agreement)などで,商品の所有権(Title)がいつ移転するのかを取り決めることがあります。
英文契約書では,「所有権は危険負担の危険(Risk of Loss)と一緒に所有権も移転する」と規定されたり,代金が後払いになっているようなケースでは,「所有権留保が付けられ,代金を完済するまでは売主に所有権がある」と定められたりします。
ただ,誤解を恐れずにいえば,所有権の移転時期の取り決めは危険の移転時期の取り決めに比して重要性は下がるといって良いかと思います。
なぜならば,国際取引において,商品の輸送中に当事者のいずれの責めに帰すべき事由でない原因で生じた事故などがあり,これにより商品が滅失・毀損したような場合,その損失について売主・買主のどちらが負担するかというのは,危険負担の問題として処理されているため,所有権の移転時期がいつと定められているかは,このような問題を処理する場合にあまり重要な意味を持たないからです。
そして,この危険(Risk of Loss)の移転時期については,インコタームズ(Incoterms)が取り決めており,通常,当事者はインコタームズの貿易条件を選択し,危険の移転時期を定めることになります。
これにより,上記のような危険の引受時期が明確になり,どちらがどこの輸送部分における損害を負担し,そこに保険をかけておくかなどがほぼ自動的に決まります。
このような問題に所有権の移転時期は基本的に関係がないことになるため,所有権の移転時期の取り決めよりも,危険(Risk of Loss)の移転時期の取り決めの方が実務的に大きな意味を持っているといえます。
なお,前述のとおり,所有権留保は担保の意味で,規定されることがあります。代金が後払いとされているような場合に,代金完済までは売主に所有権が留保されており,もし代金が払われなければ,商品について強制執行して代金を無理やり回収することを予定しておく狙いがあります。
ただ,とりわけ国際取引では,これはあまり現実的に有効な策とはいえません。所有権留保などの担保権によって,商品を回収したり,売却したりするには,現地の裁判所の手続きが必要になります。これは,コスト面などを考えても,かなりハードルが高いです。
また,転売が予定されている商品であれば,すでに商品が売却されている可能性があります。そのため,商品の差し押さえなどは簡単にはできません。
さらに,買主の転売先に対する売掛債権などを差し押さえするなどの行為もまたハードルが高いです。
売主が買主に販売した段階で商品価値が落ちてしまうこともありますし,もちろん,商品にもよるのですが,この所有権留保をあまり過信しない方が売主にとっては安全でしょう。
この意味でも,所有権の移転時期がいつになっているかというのは,その言葉の響きから受ける印象とは異なり,実務的にはあまり重要とはいえず,それよりも,危険(Risk of Loss)の移転時期を誤りなく把握し,保険加入などによりリスクヘッジをしておくことが大切です。
このように,英文契約書を作成する際には,「なんとなく項目に挙げられているし,書式に載っていて重要そうだから記載する」というのではなく,実際の意味を考えながら,リスクの高低や条項の重要性を理解しつつ,優先順位などをつけて交渉・契約書作成に臨む必要があります。
そうしないと,実質的な重要性があまり高くないのに,なんとなく,自社に有利な条件に固執するあまり,交渉がうまく進まないとか,取引自体が破談になるとか,不利益を生じてしまう可能性がありますので,注意しなければなりません。
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