英文契約書の相談・質問集334 契約書にサインをしなければ法的義務はありませんよね。
英文契約書の作成,チェック(レビュー/審査),翻訳(英訳/和訳),修正の依頼を受ける際によく受ける相談・質問に,「契約書にサインをしなければ法的義務はありませんよね。」というものがあります。
この質問に対する回答は,2つの点で「ノー」,つまり,契約書にサインをしていなくても法的義務が生じることがあるということになります。
1つ目の点は,わかりやすいと思いますが,契約は多くの場合は口頭でも成立しますので,契約書にサインしていなくても,口頭により契約が成立し,契約上の義務が発生することがあります。
ほとんどの国で,特殊な契約類型を除いては口頭でも契約が成立するとされていますので,当事者Aが当事者Bに対し,何らかの義務を履行することを約束し,BがAに対し金銭を支払うなどの約束を口頭でした場合,契約が成立することがあります。
では,なぜ契約書を交わすことが多いかというと,証明の問題です。
上記のように口頭で契約が成立した場合,Aは本当にBに対して一定の義務をすることを約束したのか,Bが支払うと約束した金額はいくらだったのか,などの証明が難しくなってしまいます。
そのため,通常書面により合意して,あとで契約の成立や内容について問題を生じたときに真実を立証しやすくしておくわけです。
次に,2つ目の点ですが,こちらは日本では「契約締結上の過失」(「契約準備段階の過失」)などと呼ばれる問題です。
これは,契約交渉が進み,他方当事者が契約の成立が確実だと期待するに至った場合には,一方当事者は他方当事者の期待を損なわないように誠実に契約の成立に努力すべき信義則上の義務があるというような考え方です。
日本では判例でこの考えが採用されています。
具体的には「取引を開始し契約準備段階に入ったものは,一般市民間における関係とは異なり,信義則の支配する緊密な関係に立つのであるから,のちに契約が締結されたか否かを問わず,相互に相手方の人格、財産を害しない信義則上の義務を負うものというべきで、これに違反して相手方に損害を及ぼしたときは,契約締結に至らない場合でも契約責任としての損害賠償義務を認めるのが相当である」(最判昭和59年9月18日)とされています。
したがって,まだ契約が締結された状態に至っていなくとも,相手方が契約成立を期待するような状況ができ上がった場合には,その期待に誠実に応えないと,損害賠償義務を負うことがありうることになります。
ちなみに,あくまで信義則上誠実に対応する義務があるだけであり,契約締結を義務付けられるわけではないので,誤解しないようにして下さい。
相手が契約成立に期待を寄せていることを知りながら,特に手当することなく期待を抱かせたままにしておいて,最後に契約締結を拒絶したような場合に損害賠償義務を可能性があると理解すると良いかと思います。
逆に言えば,契約交渉中は,相手が契約成立を確実だと思わないように配慮をしていけば,契約締結上の過失による損害賠償責任を回避しやすくなるといえるでしょう。
例えば,M&A交渉に代表されるように,契約交渉が長引くような場合には,LOIやMOUを正式契約の前に交わして,あくまで正式契約をするまでは法的義務がないことを確認した上で,現況の交渉内容や,今後の交渉スケジュールを確認しておくというのは有効でしょう。
もちろん,LOIやMOUを交わして上記のような内容を確認すれば必ず契約締結上の過失の議論を避けられるというわけではないですが,誠実に交渉する意味でも,お互いが誤解しないように交渉の過程や意味を確認しておくことは有益でしょう。
なお,この契約締結上の過失(英語でいうところのGood Faith)の議論は英米法圏よりも大陸法圏に属する国で問題になると言われています。ちなみに日本も大陸法に属する国です。
ただ,合意が契約の成立を認められるほど成熟していたなどとして,契約の成立を主張されたりするリスクは英米法においてもあると思います。
また,そもそも当事者の合意の認識がずれていることでトラブルを引き起こすこと自体ビジネスでは大きな問題になりますので,準拠法にかかわらず,上記のような対策をとっておくことは重要だと思います。
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