プレビュー:準拠法・国際裁判管轄の合意ミスによるトラブルとその解決法

準拠法・国際裁判管轄の合意ミスによるトラブルとその解決法

国際取引では「どの国の法律を適用するか(準拠法)」と「紛争をどの国の裁判所・仲裁機関で解決するか(管轄・紛争解決条項)」を契約書で明確に合意しておくことが不可欠です。しかしこれらの条項は,「相手方のドラフトをそのまま受け入れてしまう」「定型文言を確認せず使い回す」ことが多く,いざ紛争が起きてから「相手国の法律・裁判所で争うことになってしまった」「仲裁条項が無効だった」と気づいて後悔するケースが後を絶ちません。準拠法・管轄条項のミスは,紛争が起きたときに初めて発覚します。気づいたときには「時すでに遅し」となるケースも多く,事前の設計が極めて重要です。

このページでわかること

✔ 準拠法・管轄条項の合意ミスで実際に起きた8つのトラブル事例と原因
✔ 各トラブルを防ぐための具体的な条項設計・交渉ポイント
✔ 国際契約で最低限おさえるべき準拠法・管轄条項の5つのチェックポイント

⚠ なぜ準拠法・管轄をめぐるトラブルが頻発するのか

相手方ドラフトの準拠法・管轄条項をそのまま受け入れてしまう

「契約内容の本体部分さえ確認すればいい」という意識から,準拠法・管轄条項は流し読みされがちです。しかし相手方ドラフトには必ず「相手国法・相手国裁判所」が指定されており,そのままサインすると紛争時に相手国で相手国法に基づいて争うことを強いられます。

「訴訟」と「仲裁」の違いを理解せず条項を受け入れる

国際取引では仲裁(arbitration)が一般的ですが,「裁判所(court)」「仲裁(arbitration)」の違いを理解しないまま条項を受け入れるケースが多くあります。外国判決は相手国での執行が難しい場合があり,仲裁判断はニューヨーク条約により世界170か国以上で執行可能という重大な違いがあります。

準拠法と紛争解決条項の矛盾・不備で手続きが無効になる

「準拠法:日本法,管轄:ニューヨーク州裁判所」のような準拠法と管轄の矛盾,「仲裁機関:ICC,仲裁地:東京」という組み合わせの不整合,または仲裁条項の不備(仲裁機関名の誤記・手続き規則の記載漏れ)により,紛争時に手続きそのものが争いの対象になるケースがあります。

準拠法の合意ミスによるトラブル事例

「準拠法くらい関係ない」という油断が,紛争時に大きな不利を招きます。

⚠ 事例① 相手国法(カリフォルニア州法)が適用され,想定外の消費者保護規制に縛られた

米国の販売代理店と契約を締結した際,相手方のドラフトにあった「準拠法:カリフォルニア州法」をそのまま受け入れた。後に代理店が不当解雇を主張して訴訟を提起したところ,カリフォルニア州法の「代理店保護法(Franchise Investment Law)」が適用され,解除に際して多額の補償義務が認められた。日本法であれば発生しない類型の損害賠償を命じられる結果となった。

解決策:準拠法の選択は,単なる「どちらの国の法か」という問題ではなく,代理店保護法・消費者保護法・知的財産法・競争法など,その国固有の強行法規の適用を左右する。相手国法を安易に受け入れず,可能な限り日本法または中立的な第三国法(英国法・シンガポール法等)を交渉する。

⚠ 事例② CISG(ウィーン売買条約)の適用を見落とし,想定外のルールが適用された

機械部品の売買契約でドイツ法を準拠法とした。納品した製品に関してバイヤーからクレームが来たため,契約書の保証条項に基づいて対応しようとしたところ,相手方の弁護士から「この契約にはCISG(国際物品売買契約に関する国連条約)が適用され,CISGのクレーム通知期限(合理的期間内)に基づいて判断される。日本の民法や契約書の保証条項より優先される」と主張された。契約書にCISGの適用排除条項がなかったため,日独両国がCISG締約国であることから自動的にCISGが適用されていた。

解決策:日本を含む90か国以上がCISG締約国であるため,これらの国との売買契約では「この契約の準拠法は○○法とし,国際物品売買契約に関する国連条約(CISG)の適用を排除する」という明示的な排除条項を必ず入れる。

事例③ 準拠法条項の記載漏れで,紛争の場で準拠法そのものが争いになった

製造委託契約を締結したが,契約書の作成を急いだため準拠法条項を入れ忘れた。品質トラブルが発生し仲裁手続きに移行したところ,相手方は「製造地(中国)の法律が適用されるべきだ」と主張し,当方は「日本法が適用されるべきだ」と主張した。準拠法の決定について数ヶ月間の手続きが追加で発生し,その間の費用と時間が無駄になった。結局,仲裁廷は「最も密接な関係を有する国の法(最密接関係地法)」として中国法を適用し,当方に不利な結果となった。
解決策:準拠法条項は契約書の必須条項として必ず記載する。「本契約は日本法に準拠し,これに従って解釈される。国際物品売買契約に関する国連条約の適用は排除される」という基本形を雛形として常備しておく。

事例④ 準拠法(日本法)と仲裁地(ロンドン)が矛盾し,手続きが複雑化した

準拠法を日本法,仲裁地をロンドンとする契約を締結した。紛争が発生し仲裁を申し立てたところ,仲裁廷は「仲裁地がロンドンであるため仲裁手続きにはイギリス仲裁法(Arbitration Act 1996)が適用される」と判断した。実体法は日本法だが手続法はイギリス法という状況が生じ,日本法・英国法それぞれの専門家が必要になり費用が増大した。また英国の仲裁法には日本の仲裁法と異なるルールが含まれており,当事者が予期しない手続きの進め方を強いられた。
解決策:準拠法と仲裁地は独立した概念だが,実務上の混乱を避けるため,準拠法・仲裁地・仲裁機関・仲裁言語の整合性を確認する。日本企業が当事者の場合,仲裁地を東京・シンガポール・香港とし,仲裁機関をJCAAまたはSIACとすることが多い。

管轄・紛争解決条項の合意ミスによるトラブル事例

どこで・どのように争うかの合意ミスが,勝てる案件を負けに変えます。

⚠ 事例⑤ 相手国専属裁判管轄条項で提訴され,応訴するだけで莫大な費用が発生した

ソフトウェアのライセンス契約で,相手方ドラフトに含まれていた「ニューヨーク州裁判所を専属的合意管轄裁判所とする」という条項をそのまま受け入れた。後にライセンス料の支払いをめぐるトラブルが発生し,相手方はニューヨーク州裁判所に提訴した。現地弁護士費用・渡航費・翻訳費・日本の弁護士との連絡費用などを合わせると,応訴するだけで数千万円の費用が見込まれた。紛争金額に比べて応訴費用が大きすぎるため,不利な条件での和解を余儀なくされた。

解決策:管轄条項は相手国専属管轄を原則として拒否し,シンガポール・東京・香港など中立的な地の仲裁を提案する。「相互的な非専属管轄(non-exclusive jurisdiction)」として双方が自国裁判所に提訴できる形にすることも一案。仲裁にすると,相手国での現地弁護士費用を最小化しやすい。

⚠ 事例⑥ 仲裁条項の不備(仲裁機関名の誤記)で仲裁手続きが無効とされた

仲裁条項として「The International Chamber of Commerce(ICC)の規則に基づく仲裁による」と記載していたが,仲裁地・仲裁言語・仲裁人の数の記載がなく,また実際に申し立てた機関はICC仲裁裁判所(ICC International Court of Arbitration)ではなくLCIA(ロンドン国際仲裁裁判所)だった。相手方は「申立先の機関が合意した機関と異なる」として管轄権を争い,手続き開始から1年以上,機関選定のみで費用と時間が費やされた。

解決策:仲裁条項は各仲裁機関が公表している「モデル仲裁条項(Model Arbitration Clause)」をそのまま使用する。IARBのモデル条項やJCAA(日本商事仲裁協会),SIAC(シンガポール国際仲裁センター)などの公式サイトからモデル条項を入手し,仲裁地・仲裁言語・仲裁人数も明記する。

事例⑦ 仲裁条項と裁判所管轄条項が併存し,訴訟と仲裁が並行して進行した

契約書の紛争解決条項として「まず友好的協議を行い,解決しない場合は仲裁による」と規定していたにもかかわらず,「ただし,いずれの当事者も暫定措置・仮差押えのため裁判所に申し立てることができる」という条項も含まれていた。紛争が発生すると,相手方は「仮差押えのため裁判所に申し立てる」として相手国の裁判所に広範な差押え命令を申し立てた一方,当方も仲裁を申し立てた。訴訟・仲裁の二本立てで手続きが並行し,費用・時間の両面で当方に大きな負担が生じた。
解決策:紛争解決条項は「訴訟か仲裁か」どちらか一本に絞る。暫定措置条項を設ける場合は,その範囲を仮差押え・仮処分に限定し,本案手続きは仲裁に一本化する旨を明記する。

事例⑧ 日本の確定判決が相手国で執行不能だった

中国の取引先と売買契約を締結し,管轄裁判所として東京地方裁判所を指定した。代金未払いトラブルが発生し,東京地裁で勝訴判決を得たものの,相手方は日本に資産を持っていなかった。中国で判決の執行を申し立てたところ,中国の裁判所は「日中間には民事司法協力条約がなく,中国が日本の判決を承認・執行する条約上の根拠がない」として執行を拒絶した。勝訴判決を得ても1円も回収できないという結果に終わった。
解決策:相手国が日本との間で判決の相互承認・執行条約を締結していない場合は,裁判所管轄ではなく仲裁条項を選択する。仲裁判断は「外国仲裁判断の承認および執行に関する国連条約(ニューヨーク条約)」により,締約国(170か国以上)で執行可能。中国・米国・欧州各国はすべてニューヨーク条約締約国である。

⚠ 国際契約の準拠法・管轄条項で最低限おさえるべき5つのポイント

① 準拠法は日本法を原則とし,相手国法への安易な同意を避ける

相手方ドラフトには必ず相手国法が指定されている。可能な限り日本法(Japanese law)を準拠法とするよう交渉する。力関係上それが難しい場合は,シンガポール法・イングランド法・ニューヨーク州法など国際取引に実績があり予測可能性の高い法を検討する。相手国固有の強行法規(代理店保護法・消費者保護法・競争法等)の適用範囲を事前に確認することも不可欠。

② 売買契約には必ずCISG(ウィーン売買条約)の適用排除条項を入れる

「本契約の準拠法は○○法とし,1980年の国際物品売買契約に関する国連条約(CISG)の適用を明示的に排除する(The United Nations Convention on Contracts for the International Sale of Goods [CISG] shall not apply to this Agreement)」という条項を必ず入れる。CISGを意識的に活用したいケースを除き,基本的には排除を選択すべき。

③ 紛争解決は仲裁を基本とし,訴訟と仲裁を混在させない

相手国での執行可能性(ニューヨーク条約)・秘密保持・手続きの柔軟性から,国際取引では仲裁が推奨される。仲裁か訴訟かを一本化し,両方を混在させると手続きが複雑化する。仲裁機関のモデル仲裁条項をそのまま使用し,仲裁地・仲裁機関・適用規則・仲裁人数・仲裁言語をすべて明記する。

④ 仲裁地・仲裁機関・仲裁言語・仲裁人数を漏れなく定める

「JCAA(日本商事仲裁協会)の仲裁規則に従い,東京において,日本語で,1名の仲裁人によって仲裁される」というように,必要な要素をすべて記載する。仲裁機関名は正式名称を正確に記載し,略称のみの記載(「IARBによる仲裁」等)は避ける。日本企業の場合,JCAA・SIAC・HKIAC・ICCが選択肢として挙がることが多い。

⑤ 相手国がニューヨーク条約締約国かを確認し,非締約国相手には代替策を講じる

取引相手国がニューヨーク条約に加盟しているかを事前に確認する(170か国以上が加盟)。加盟していない場合は,現地法による強制執行の方法や,担保(前払い・信用状・保証書)の取得など,判決・仲裁判断に頼らない回収手段を契約設計に組み込む。

なぜ当事務所の弁護士でなければならないのか

相手方ドラフトの準拠法・管轄条項の問題点の指摘と修正交渉

相手方が提示した契約書の準拠法・管轄条項に潜むリスク(相手国固有の強行法規・CISG適用・外国専属管轄等)を具体的に指摘し,日本法適用・中立地仲裁への修正案を作成します。

取引相手国・取引形態に応じた最適な仲裁機関・仲裁地の選定

JCAA・SIAC・HKIAC・ICC・AAA等の特徴・費用・手続きの違いと,取引相手国・紛争金額・秘密保持要求に応じた最適な選択肢をアドバイスし,モデル仲裁条項をカスタマイズして提供します。

CISG適用排除・準拠法に関する交渉サポート

「なぜ日本法でなければならないのか」「なぜCISGを排除するのか」という相手方の疑問に対して,交渉上の合理的な説明・代替案の提示を含めたサポートを行います。

紛争発生後の準拠法・管轄をめぐる争点分析と対応策の提示

すでに紛争が発生し,相手方が「わが国の法律・裁判所が管轄する」と主張している場合でも,準拠法・管轄条項の文言・契約の経緯等を分析し,反論の根拠となる法的意見を提供します。

よくある質問(Q&A)

Q. 相手方から「準拠法は当社のお国の法律で」と求められました。必ず断るべきですか?

A. 必ずしも断るべきとは言えませんが,安易に受け入れることは危険です。相手国法が適用されると,その国固有の代理店保護法・消費者保護法・競争法・強行法規が適用される可能性があります。相手国法を受け入れる場合は,事前にその国の強行法規(特に代理店・販売店保護規定)の内容を確認し,契約条項でリスクをカバーできるか検討する必要があります。少なくともCISGの排除条項は忘れずに入れてください。

Q. CISGとは何ですか?なぜ排除しなければならないのですか?

A. CISG(United Nations Convention on Contracts for the International Sale of Goods)は,国際物品売買を統一的に規律する国連条約です。日本を含む90か国以上が締約国であり,両国ともに締約国の間での売買契約には,当事者が排除しない限り自動的に適用されます。CISGには,クレーム通知期間・品質保証の範囲・損害賠償の計算方法などについて,日本の民法・商法と異なるルールが含まれており,意図せず適用されると想定外の結果になることがあります。意識的にCISGを活用したいケースを除き,基本的に排除することをお勧めします。

Q. 「訴訟」と「仲裁」はどう違うのですか?国際取引ではどちらを選ぶべきですか?

A. 国際取引では一般的に仲裁が推奨されます。最大の理由は「執行力」です。外国裁判所の判決は相手国での執行が難しい場合がありますが,仲裁判断はニューヨーク条約により170か国以上で執行可能です。また,仲裁は秘密保持(手続きが非公開)・手続きの柔軟性・中立的な仲裁人の選定という利点もあります。デメリットとしては費用が高いこと,上訴ができないことが挙げられます。紛争金額・取引の機密性・相手国のニューヨーク条約加盟状況等を踏まえて選択してください。

Q. 仲裁機関はどこを選べばよいですか?

A. 主な選択肢としては,JCAA(日本商事仲裁協会・東京),SIAC(シンガポール国際仲裁センター),HKIAC(香港国際仲裁センター),ICC(国際商業会議所・パリ),AAA/ICDR(米国仲裁協会)などがあります。日本企業にとってはJCAAが費用・アクセスの面で使いやすい場合が多いですが,相手方がアジア企業であればSIAC・HKIAC,欧米企業であればICC・AAA/ICDRが交渉しやすいことがあります。各機関のモデル仲裁条項・費用表・手続き期間を比較した上で選択することをお勧めします。

Q. すでに締結した契約書に仲裁条項がありません。後から変更することはできますか?

A. 紛争が発生する前であれば,両当事者の合意により契約書を修正覚書(Amendment)で変更することができます。紛争が発生した後でも,両当事者が仲裁に同意する旨の別途合意書(Submission Agreement)を締結することで仲裁を利用できますが,紛争中の相手方がこれに同意するかは不透明です。やはり取引開始前に適切な紛争解決条項を設計しておくことが最善です。既存の契約書に問題がある場合は,更新・延長のタイミングで修正することも有効です。

Q. 準拠法・管轄条項のリーガルチェック・作成の費用と期間の目安を教えてください。

A. 作業内容(新規作成・既存条項のチェック・修正交渉対応)・契約書のページ数・取引の複雑さによって異なります。見積依頼から当日または翌営業日中に回答します。正式ご依頼まで料金は発生しません。「相手方のドラフトに含まれる準拠法・管轄条項が適切かだけ確認してほしい」という部分的なご依頼も歓迎します。まずはお問い合わせページからご連絡ください。

【注意事項】本ページの事例は一般的な解説を目的とした模式的なものであり,特定の実在する案件・当事者を示すものではありません。準拠法・管轄条項の解釈・適用は,条項の文言・取引の態様・取引相手国の法律によって大きく異なります。実際にトラブルが発生している,または取引開始に際して適切な条項設計をご検討の場合は,早期に弁護士へご相談ください。

弁護士 菊地正登

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