英文契約書の交渉・作成において「Good Faith(誠実・信義)義務」の問題は、日本企業が見落としがちな落とし穴のひとつです。日本法や大陸法では当然のように認められる「契約交渉段階における誠実交渉義務」が、英国法・コモンロー(米国法含む)では原則として存在しないため、相手方が突然交渉を打ち切っても損害賠償を請求できないケースがあります。本記事では、英国留学・ロンドン法律事務所勤務経験を持つ国際取引を得意とする弁護士が、Good Faithの概念・英日の違い・実務対応策をわかりやすく解説します。
【目次】
1. Good Faithとは何か
2. 英国法(コモンロー)の立場——原則としてGood Faith義務なし
3. 日本法・大陸法の立場——契約準備段階の過失(culpa in contrahendo)
4. 英国法における例外——Good Faithが問題になる場面
5. 米国法との違い
6. 実務上の注意点——Letter of Intent(LOI)・MOU の活用
7. 英文契約書にGood Faith条項を入れる場合の注意点
8. よくある質問(FAQ)
Good Faith(グッドフェイス)とは、直訳すると「誠意・誠実・信義」を意味し、契約交渉・履行の場面において「誠実に行動する義務」を指します。日本語では「信義誠実の原則(信義則)」に相当する概念です。
法的文脈では主に以下の2つの場面で問題になります。
英国法(コモンロー)では、原則として契約交渉段階・契約履行段階いずれにも、一般的なGood Faith義務は存在しません。
英国法の伝統的な立場は「当事者は自己の利益を自由に追求できる」というものです。契約が成立するまでは、相手方と交渉を続ける義務はなく、たとえ一方的に交渉を打ち切っても、原則として損害賠償責任は生じません。
⚠ 実務上の落とし穴
準拠法を英国法または米国法(UCC・コモンロー州)とした契約交渉において、相手方が突然交渉を打ち切った場合、それまでにかけた弁護士費用・出張費・開発費等を損害として請求できないことがあります。日本企業がこの違いを知らずに大きな損失を被るケースが実際に存在します。
代表的な英国判例として、Walford v Miles [1992] 2 AC 128があります。この判例で英国貴族院(現最高裁)は「コモンローの下では交渉を継続するGood Faith義務は強制執行できない」と判示し、いわゆる「lock-out agreement(一定期間第三者と交渉しない合意)」以外の「誠実交渉義務(duty to negotiate in good faith)」は原則として無効としました。
日本を含む大陸法(Civil Law)系の国々では、「契約準備段階の過失(culpa in contrahendo)」という考え方が認められており、一定の条件下では契約交渉段階でも誠実義務が課されます。
日本では民法の信義誠実の原則(民法1条2項)の下、判例・学説により以下のような場合に不法行為責任または契約締結上の過失責任が認められることがあります。
日本法で責任が認められやすいケース
▸ 既に契約する意図がないにもかかわらず、相手方に通知せずに交渉を継続した場合
▸ 相手方が契約成立を信頼して多大な準備費用(設備投資・人員採用等)を支出した後に交渉を打ち切った場合
▸ 交渉が最終段階(契約締結直前)まで進んでいたにもかかわらず、不当な理由なく交渉を打ち切った場合
このように日本法では一定の場合に「信頼利益(reliance interest)」の賠償が認められますが、英国法・コモンローではこれが原則として認められません。国際取引における準拠法の選択がいかに重要かがわかります。
英国法でもGood Faithが全く問題にならないわけではありません。以下の場面では、Good Faith的な義務が認められることがあります。
| 1 | 保険契約(Uberrimae Fidei:最大限の誠実義務) 保険契約においては、契約締結時に重要事項を正直に開示する「最大限の誠実義務(utmost good faith)」が英国法でも明確に認められています(Insurance Act 2015)。 |
| 2 | 契約書にGood Faith条項が明記されている場合 当事者が明示的に「The parties shall act in good faith(当事者は誠実に行動する)」などの条項を設けた場合、裁判所がその条項の効力を認めることがあります(ただし解釈には慎重な対応が必要です)。 |
| 3 | フランチャイズ契約・代理店契約における特別な義務 長期継続的な取引関係において、裁判所が黙示条項(implied term)としてGood Faithに近い義務を認める場合があります(Yam Seng Pte Ltd v International Trade Corporation Ltd [2013]等)。ただしこれは限定的な扱いであり、一般化はされていません。 |
| 4 | EU加盟時代の消費者契約・代理店法(現在は英国独自の規制へ移行) Brexitにより変化しましたが、消費者契約法制においては「不公正条項(unfair terms)」の規制を通じてGood Faith的な概念が作用してきました。 |
英国法と密接に関連する米国法ですが、Good Faithについては重要な違いがあります。
米国では、Uniform Commercial Code(UCC)§1-304が「物品売買契約の履行・強制においてGood Faithおよび公正取引の義務が課される」と定めており、英国法よりもGood Faithが広く認められています。ニューヨーク州法などを準拠法とする場合はこの点に注意が必要です。
Good Faith義務が原則として認められない英国法・コモンロー下の取引において、交渉段階のリスクを管理するために広く使われるのがLetter of Intent(LOI:意向書)やMOU(Memorandum of Understanding:覚書)です。
LOI・MOUで定めておくべき主要事項
▸ Subject to contract条項:正式契約締結前は法的拘束力なしと明記し、一方的交渉打切りのリスクを限定する
▸ Exclusivity(排他条項):一定期間、第三者との並行交渉を禁止する(いわゆる「lock-out agreement」)
▸ Confidentiality(秘密保持):交渉中に開示した秘密情報の保護(これは拘束力を持たせるべき)
▸ Cost allocation(費用負担):交渉破談の場合の費用負担を事前に合意する
▸ Governing law(準拠法):どの国の法律を適用するかを明記する
重要なのは、LOI・MOU全体は「法的拘束力なし(non-binding)」としながらも、守秘義務・費用負担・排他条項など特定の条項だけを法的拘束力あり(binding)とするハイブリッド構造が一般的であるという点です。
LOI・MOUの作成を誤ると、意図せず法的拘束力が生じる、または逆に保護すべき部分が保護されないリスクがあります。英文契約書の作成・リーガルチェックに関するご相談はお気軽にどうぞ。
日系企業が海外企業との契約書にGood Faith条項を入れたい(または相手から求められた)場合、以下の点に注意が必要です。
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弁護士 菊地正登(片山法律会計事務所)
弁護士歴23年・国際法務歴17年。英国University of Southampton LLMコースワーク修了、ロンドンの法律事務所Hill Dickinson LLP勤務経験あり。英文契約書の作成・翻訳・リーガルチェックを主な業務とし、英米法の実務的観点から国際取引をサポート。著書「海外取引の成否は『契約』で9割決まる」(幻冬舎)。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件に対する法的アドバイスではありません。個別案件については必ず弁護士にご相談ください。※英国法・米国法の解説は2025年時点の情報を基にしています。法改正等により内容が変わる場合があります。
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英文契約書の作成・翻訳・リーガルチェック(全国対応),実績多数の弁護士菊地正登です。弁護士歴23年(国際法務歴17年),約3年間の英国留学・ロンドンの法律事務所での勤務経験があります。英文契約・国際取引を中心に取り扱い,高品質で迅速対応しています。お気軽にお問合せ下さい。
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