Arm's length(英文契約書用語の弁護士による解説)
英文契約書を作成,チェック(レビュー),翻訳(英訳/和訳),修正する際によく登場する英文契約書用語に,Arm's lengthがあります。
これは,英文契約書で使用される場合,通常,「独立した対等な関係」という意味で使用されます。
なぜそういう意味になるかを説明すると,arm's lengthを直訳すると「腕の長さ」となりますが,腕の長さを保った程度の距離=近づきすぎていないということのようです。
当事者が契約関係に入る場合,その当事者間の関係性がどういうものであるのかが問題になることがあります。
例えば,本人と代理人という関係性になるのか,使用者と非使用者という関係になるのか,ジョイントベンチャーという関係になるのかなどが問題になることがあります。
当事者の関係性に,主と従,または,親会社と子会社というように主従関係や上下関係などが認められると,適用される法律が異なってきたり,税務に影響を与えたりすることがあります。
そのため,取引に入る当事者同士は,自社と相手方がどのような関係性をもって取引に入るのかを事前に考えて取引することになります。
そして,独立した当事者であり,対等な関係にあり,特に主たる当事者と従たる当事者という関係性などはないということを明確にするときに,このarm's lengthという英文契約用語を,英文契約書を作成,チェック(レビュー),修正する際に使用することがあります。
もちろん,ただ単にこのarm's lengthという英文契約書用語を用いれば,当事者の関係が独立した対等な関係になるということではありません。
あくまで,契約書に記載された具体的な内容から,当事者がどのような関係に立つのかが実質的に判断されることになります。
例えば,企業と個人が業務委託契約(Service Agreement)を締結し,そこに,お互いが独立した対等な当事者(arm's length)であり,主従の関係性は一切ないなどと記載されていたとします。
しかしながら,実際にその契約書の内容を見ると,企業側が細かく就業場所や就業時間,就業日数を指定し,常に企業側の指示に基づいて受託者である個人が作業をしなければならないと規定されていたとします。
このような場合で,準拠法が日本法であったりすれば,形式的には委任契約(Service Agreement)の体裁をとっており,arm's lengthの関係にあると書かれてはいるが,実質的には,雇用契約(Employment Agreement)であり,主従の関係が存在するという判断がされることはありえます。
この場合には,形式的な文言がどうであれ,実質的に雇用契約と判断されることとなり,雇用契約であることを前提とした各種労働法が適用される可能性が出てきます。
そうなると,基本的に,労働者のほうが労働法によって保護されていますので,契約書(Service Agreement)に記載された内容が,労働法によって修正され,企業側に不利な内容に読み替えられる可能性があります。
このように,当事者の関係性は,あくまで契約の実質的な内容によって決定されるのであり,arm's lengthのような文言を使用して,当事者が独立した対等な関係にあると契約書に記載したからそのとおりになるという性質のものではないことにも注意が必要です。
また,arm's lengthは,そう頻出する英文契約書用語ではないですが,株式譲渡契約書(Stock Purchase Agreement)などでも見かけることがあります。
株式譲渡契約書(Stock Purchase Agreement)などでは,株式の譲渡人が株式の譲受人に対し,株式を発行している対象会社が,会社や事業の現在の価値が適正に評価されており,これを毀損するような事実はないことを表明保証(Representation and Warranty)するというのが一般的です。
株式の譲受人からすれば,対象会社の株式を適正価格で購入したつもりが,後でその価値を毀損するような事実が発覚して価値が相当に下がってしまえば,その価格での購入を取り消したいなどと考えるでしょうから,このような表明保証をするわけです。
そして,表明保証に違反する事実が発覚すれば,譲受人は譲渡人に対して損害賠償請求等ができると契約書に定められるのです。
この表明保証の中に「対象会社が当事者になっている契約の中に,対等でない(対象会社が非常に不利益を被る立場にある不平等な)契約・取引は存在しない」という内容が含まれていることがあります。
もう少し噛み砕いて言うと,「親子会社関係など不平等な条件の契約はなくそれぞれ独立・対等の取引条件での契約しかない」ということを言っているのです。
この「不平等な契約・取引」「不平等な関係」ということを表すのにarm's lengthという用語が使われることがあります。
流して読んでいると一瞬意味を掴み取るのが難しい表現の一つかと思います。
当然ですが,表明保証の内容は譲受人にとってはもちろんですが,表明保証違反があれば損害賠償などの責任を負うことになりますので,譲渡人にとっても重要です。
また,譲受人としては,安易に表明保証に頼り,表明保証がされていれば違反があっても金銭的に解決できるから安心だと考えるのではなく,きちんと購入前にデュー・デリジェンス(DD)をしなければならないことは言うまでもありません。