英文契約書を締結した後、「口頭でこう合意していた」「交渉メールにはこう書いてあった」と主張して契約内容を争うことはできるでしょうか。英国法・コモンロー(米国法含む)には、「Parol Evidence Rule(口頭証拠排除原則)」という重要な法原則があり、書面化された最終契約書と矛盾する証拠は原則として裁判所が考慮しません。本記事では、英国留学・ロンドン法律事務所勤務経験を持つ国際取引を得意とする弁護士が、Parol Evidence RuleとEntire Agreement条項の関係・実務上の注意点をわかりやすく解説します。
【目次】
1. コモンローにおける契約の成立——書面は必須か
2. 書面契約の効力——読んでいなくても記載通りに義務を負う
3. Parol Evidence Rule(口頭証拠排除原則)とは
4. 「口頭」に限らない——メール・議事録も対象
5. Parol Evidence Ruleの例外——契約の有効性を争う場合
6. Entire Agreement(完全合意)条項との関係
7. 英国法・米国法・日本法の比較
8. 実務上の注意点
9. よくある質問(FAQ)
日本法と同様に、コモンロー(英国法・米国法)の下でも、契約は一部の例外を除いて口頭で成立します。書面による契約書がなくても、当事者間の合意(申込みと承諾)と約因(Consideration)が存在すれば、原則として有効な契約として法的拘束力を持ちます。
たとえ口頭による約束であっても、通常は法的保護を受け、履行が強制されます。
✔ 書面化が必要な例外
英国では Statute of Frauds(詐欺防止法, 1677年)以来の伝統で、土地の売買・5年超の賃貸借・保証契約・消費者信用契約などは書面が契約成立要件とされています。米国でも各州のStatute of Fraudsが一定類型の契約に書面を要求します。国際取引では、念のため原則として書面化を徹底することが実務的です。
国際取引では後日の紛争防止のため、口頭であっても法的拘束力は生じますが、合意内容は可能な限り書面化しておくことが不可欠です。
当事者が口頭契約ではなく書面を作成し、両当事者がサインした場合、たとえ当事者が契約書の内容を読んでいなくても、原則として契約書に記載されているとおりに義務を負います。
⚠ L'Estrange v Graucob [1934] の原則
英国の判例法では、「契約書にサインした者は、その内容を読まなかったとしても原則として拘束される」という原則が確立されています(L'Estrange v Graucob [1934] 2 KB 394)。日本企業が英文契約書の全条項を精査せずにサインした場合でも、書かれた条件が有効に適用されます。英文契約書のチェックを専門家に依頼することの重要性はここにあります。
コモンローにおける契約紛争では、法律よりもまず当事者の合意内容が重視されます。契約自由の原則(freedom of contract)の下、強行法規に反しない限り当事者の合意が尊重されるため、書面に記載された条件が最優先されます。
Parol Evidence Rule(パロール・エヴィデンス・ルール)とは、当事者が最終的に書面による契約書を作成した場合、その契約書の内容と矛盾し、または変更するような他の証拠を裁判所は考慮しないという法原則です。
実務上の典型例として、「書面に記載されている条項は、かくかくしかじかという口頭合意があったため、このように解釈されるべきだ」という主張があります。日本の訴訟では散見されるこのような主張も、英国法・コモンローの下では原則として認められません。
Parol Evidence Rule の「parol」とは
「Parol」とはフランス語の「parole(言葉)」に由来し、歴史的には「口頭」を意味しました。しかし現代では、排除される「parol evidence」の対象は口頭合意だけではなく、書面外の証拠全般(電子メール、交渉メモ、議事録、事前合意書面等)を含みます。名称に「口頭」とある点に惑わされないよう注意が必要です。
Parol Evidence Ruleが排除するのは口頭合意だけではありません。書面として存在する証拠であっても、最終契約書と矛盾する場合は考慮されません。
Parol Evidence Ruleによって排除される証拠の例
▸ 契約締結前の交渉メール・チャットのやり取り
▸ 契約交渉中の議事録・覚書
▸ 担当者間で交わされた口頭の約束
▸ 事前に取り交わした意向書(Letter of Intent)・MOU
▸ 提案書・見積書・プレゼン資料に記載された条件
国際取引において日本企業がしばしば経験するのは、交渉段階ではある条件が合意されたと信じていたにもかかわらず、最終的に署名した英文契約書にはその条件が盛り込まれておらず、後の紛争でその事前合意を主張できないというケースです。
⚠ 実務上の教訓
交渉で合意したと思っていた条件が最終契約書に記載されていない場合は、署名前に必ず書き込む必要があります。「口頭でこう合意していたから大丈夫」という日本的な感覚は、英国法・コモンロー準拠の契約では通用しません。英文契約書のレビュー依頼時は、事前交渉の経緯も弁護士に共有することが重要です。
Parol Evidence Ruleにも例外があります。最も重要な例外は、契約の有効性そのものを争う主張をする場合です。
Misrepresentation(不当な表示)の例外は、いわば当然の例外です。「契約書に書いていない事情によって騙された・勘違いした」と主張したい場合に、契約書外の証拠を認めなければ、そもそも契約の有効性を議論できないからです。
重要なのは、このmisrepresentationの主張という「抜け穴」を封じるための条項が「Entire Agreement(完全合意)条項」です(次のセクションで詳述します)。
Entire Agreement条項(完全合意条項)とは、英文契約書のボイラープレート(一般条項)の一つで、「本契約書が当事者間の完全な合意であり、これ以前の交渉・表示・合意はすべて本契約に統合される」旨を定める条項です。
典型的なEntire Agreement条項の文例
This Agreement constitutes the entire agreement between the parties with respect to the subject matter hereof and supersedes all prior negotiations, representations, warranties and understandings of the parties with respect thereto.
Entire Agreement条項には2つの重要な機能があります。
Entire Agreement条項の2つの機能
① Parol Evidence Ruleの補強
コモンローのParol Evidence Ruleを契約条項として明示的に確認・強化する。
事前の交渉・口頭合意・メール等がすべて本契約に「統合(merge)」されたことを明確にする。
② Misrepresentationの主張を封じる
Parol Evidence Ruleの例外であるmisrepresentationの主張も、
「交渉過程において誤解を招くような言動は一切なかった」と相互に保証することで、
契約書外の事象を持ち出して契約の有効性を争うことを困難にする。
⚠ Entire Agreement条項の限界——Misrepresentation Act 1967
英国では、Misrepresentation Act 1967(不実表示法)により、Entire Agreement条項によってmisrepresentationの責任を完全に排除することはできません。同法に基づくmisrepresentation責任を制限するには、さらに別途のmisrepresentation免責条項を入れる必要があり、かつその条項が「合理的」であることが求められます(Unfair Contract Terms Act 1977)。英文契約書の起草においては、この点を踏まえた設計が必要です。
英文契約書チェック・交渉における実務ポイント
① 交渉で合意した条件は必ず契約書に盛り込む
「この点は口頭で合意しているから」は英国法・コモンロー準拠の契約では通用しません。交渉で合意した条件(数量・価格・保証内容・解除権等)はすべて書面化し、最終契約書に明記する必要があります。
② 事前合意書(LOI・MOU)の位置づけを明確にする
Letter of Intent(LOI)やMemorandum of Understanding(MOU)は、最終契約書の締結後はParol Evidence Ruleにより原則として考慮されなくなります。LOI・MOU上の合意で最終契約書と異なる点がある場合は、その扱いを明示する必要があります。
③ Entire Agreement条項を慎重に読む
相手方から提示された英文契約書にEntire Agreement条項があれば、交渉段階での表示・約束が事実上すべて無効化されます。自社に有利な表示がある場合はEntire Agreement条項から除外するか、別途表明保証(representation)として契約書に取り込む必要があります。
④ No-oral-modification条項にも注意
多くの英文契約書には「本契約の変更は書面による」旨のno-oral-modification条項が入っています。契約締結後の変更合意もメールではなく正式な変更覚書(Amendment)として書面化することが重要です。
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菊地 正登(きくち まさと)
片山法律会計事務所 代表弁護士。英国留学(University College London, LL.M.)、ロンドンの法律事務所勤務経験を経て、国際取引・英文契約書・海外進出・外国企業との紛争解決を中心に取り扱う。英米法に関する執筆・セミナー活動多数。
【免責事項】本記事は一般的な情報提供を目的として作成されており、法律上の助言を構成するものではありません。個別の案件については、必ず専門の弁護士にご相談ください。英国法・米国法の内容については、法改正・判例の変動により内容が変わる場合があります。
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