Frustration(後発的履行不能)とは——英国法・コモンローにおける契約終了と実務対応

英文契約書に目を通していると「frustration of contract(契約のフラストレーション)」という表現に出会うことがあります。これは「不満」という日常的な意味ではなく、契約締結後に当事者の責めに帰せない事情により契約の目的が達成不能となった場合に、契約が自動的に終了する法理です。日本法の「後発的不能」に近い概念ですが、コモンローにおける扱いには独自のルールがあります。英文契約書を扱う法務担当者が知っておくべき、英国留学・ロンドン法律事務所勤務経験を持つ国際取引を得意とする弁護士によるわかりやすい解説です。

【目次】

1. Frustration(後発的履行不能)とは何か
2. Frustrationが認められる要件——程度問題とケース・バイ・ケース
3. 著名判例:Davis Contractors v. Fareham [1956]
4. Frustration成立の法的効果
5. コモンローの基本原則——一度した約束は守れ
6. Force Majeure条項との関係と契約書対応
7. 実務上の注意点——契約書作成時のポイント
8. 英国法・米国法・日本法の比較
9. よくある質問(FAQ)

1. Frustration(後発的履行不能)とは何か

Frustration(フラストレーション)とは、契約締結時には予期できなかった、かつ当事者のコントロールが及ばない偶発的な事情が発生し、それにより契約が後発的に履行できなくなった(または契約の目的を達成することが不可能となった)場合に、契約が自動的に終了する法理です。

項目 内容
日本語訳 後発的履行不能/契約目的達成不能
効果 契約が自動的に終了する(相手方への解除の意思表示不要)
要件 ①契約締結後に事情が変化、②当事者が予見不能、③当事者のコントロール外の事情、④契約目的の達成が不可能または根本的に変化
日本法との比較 日本民法の「後発的不能」(債務者に帰責事由がない場合の債務消滅)に類似するが、コモンローの適用基準はより厳格

代表的な例としては、不動産譲渡契約において目的物たる建物が、契約成立後・譲渡実行前に地震で倒壊した場合が挙げられます。この場合、当事者双方に帰責事由はなく、目的物が消滅したことで履行が不可能となるため、Frustrationにより契約は終了します。

2. Frustrationが認められる要件——程度問題とケース・バイ・ケース

どの程度の事情変化があればFrustrationが認められるかは、程度問題であり、個別具体的なケース・バイ・ケースの判断となります。単に履行が困難になった、費用がかさんだという程度では足りません。

判断基準となる主な要素

契約の目的:その事情変化は契約の目的を根本的に変化させるか
障害の継続性:一時的な障害か、恒久的・長期的な障害か
予見可能性:契約締結時に合理的に予見できたか否か
リスク配分:当事者がそのリスクを契約で引き受けていないか

例えば、運送契約において気候・ストライキ・戦争などにより目的物を運べなくなった場合、しばらく待てば運送可能となる見込みがあれば、Frustrationは認められにくい傾向にあります。一方、同じ障害でも状況によっては認められることもあり、まさにケース・バイ・ケースです。

3. 著名判例:Davis Contractors v. Fareham [1956]

Frustrationの判断基準を理解する上で欠かせない著名判例が、英国House of Lords(当時の最高裁判所に相当する貴族院)のDavis Contractors Ltd v. Fareham Urban District Council [1956] AC 696です。

事案の概要

請負業者Davis Contractors社が、Fareham都市地区評議会との間で住宅78棟を8か月で建設する請負契約(固定金額)を締結した。しかし、第二次世界大戦後の深刻な労働力・資材不足により工事は大幅に遅延し、完成まで22か月を要した。Davis社は、この遅延により契約はFrustratedされたと主張し、契約金額を超えるquantum meruit(相当報酬)を請求できると主張した。

House of Lordsの判決:本件での時間と費用の増大はFrustrationの成立に無関係であり、契約はなお履行可能である。単に履行コストが増大したに過ぎず、Frustrationは成立しない。

この判例が示すのは、「履行が困難になった」「費用がかかる」だけではFrustrationは認められないということです。契約が「根本的に(radically different)」変質したかどうかが問われます。

✔ 判例から学ぶポイント

目的物の性質が保管を許さないものであったり、契約の目的が明らかに履行期を重視している場合など、個別の事情によっては別の結論になり得ます。そのため、実務では「後でFrustrationの成否を争う」のではなく、契約締結時にリスクを明確に定めておくことが不可欠です。

4. Frustration成立の法的効果

Frustrationに該当する事由が認められた場合、その発生時に契約は自動的に終了します。相手方からの解除の意思表示や通知を待たずに、法律上当然に契約が終了する点が特徴です。

効果 内容
契約の自動終了 Frustration事由発生時点で契約は自動的に終了する(意思表示不要)
義務からの解放 両当事者は将来の契約履行義務から解放される
既払金の返還 一方当事者に既払金がある場合、英国Law Reform (Frustrated Contracts) Act 1943 により返還を求められる場合がある
費用の調整 Frustration発生前に一方当事者が費用を支出した場合、裁判所の裁量で合理的な費用の調整が認められることがある(1943年法)

英国ではLaw Reform (Frustrated Contracts) Act 1943により、Frustration後の金銭的調整についてのルールが法定化されています。ただし、この法律はすべての契約に適用されるわけではなく(海上運送契約等は適用除外)、また当事者が契約で別途定めた場合はその定めが優先します。

5. コモンローの基本原則——一度した約束は守れ

Frustrationの議論の前提として、コモンローには「一度履行を約束した以上、当事者は簡単にはその義務から解放されない」という根本的な原則があることを理解しておく必要があります。

⚠ Paradine v. Jane [1647]——コモンローの起点

コモンローの古典的判例 Paradine v. Jane [1647] では、借地人が敵軍の占領により土地を使用できなかった場合でも、地代支払い義務は消滅しないと判決されました。「契約で義務を負った以上、どのような事情があっても履行義務は存続する」という厳格な姿勢を示しています。その後の判例でFrustrationの法理が発展し、一定の場合に契約終了が認められるようになりましたが、あくまで例外的扱いです。

このような厳格な原則があるがゆえに、英文契約書ではFrustrationという曖昧な法理に頼るのではなく、Force Majeure条項によって不可抗力のリスクを事前に明確化しておくことが強く推奨されます。

6. Force Majeure条項との関係と契約書対応

Frustrationはコモンローの法理ですが、その認定は個別的・例外的です。実務では、Force Majeure(フォース・マジュール:不可抗力)条項を契約に定めることで、Frustrationに依存せずに不可抗力リスクを管理します。

Force Majeure条項に定めるべき主な内容

不可抗力事由の定義・列挙:天災、戦争、テロ、感染症流行、政府規制、ストライキ等を具体的に列挙
通知義務:不可抗力事由が発生した場合の相手方への通知タイミング・方法
履行義務の停止・終了:通知後どの程度の期間で義務が停止・終了するか
費用・代金の取扱い:不可抗力により契約が終了した場合の既払金・費用の精算方法
代替手段の探索義務:不可抗力事由が発生した場合でも合理的な代替措置を探す努力義務を課すか

Force Majeure条項が存在する場合、コモンローのFrustrationの法理との関係が問題となりますが、原則として契約上の明示的な定めが優先します。ただし、Force Majeure条項が想定していなかった事態については、なおFrustrationの法理が適用される余地があります。

7. 実務上の注意点——契約書作成時のポイント

Frustrationという曖昧な概念に頼らないためにも、英文契約書作成時には以下の点を意識した対応が求められます。

実務対応チェックリスト

▸ Force Majeure条項に不可抗力事由を具体的に列挙する
▸ "any other cause beyond the control of the parties"等の包括条項の範囲を確認(Ejusdem generisルール注意)
"whatsoever"の語句の有無を確認——挿入されていると対象が広がる
▸ 不可抗力発生時の通知義務・期限を明確に規定する
▸ 一定期間の不可抗力継続後の契約終了オプションを当事者双方に付与する
▸ 契約終了時の費用・既払金の清算方法を事前に合意する

特に、履行義務が存続するのか消滅するのかが曖昧なまま事態が進行すると、一方当事者が履行不能を主張し他方が履行義務の存続を主張するという深刻な紛争に発展しかねません。契約書段階での明確化が何より重要です。

8. 英国法・米国法・日本法の比較

観点 英国法 米国法 日本法
法的根拠 判例法(Frustration)+Law Reform (Frustrated Contracts) Act 1943 判例法(Impossibility / Impracticability)+Restatement (Second) of Contracts 民法(後発的不能・危険負担)、改正民法536条等
認定の厳格さ 厳格。単なる困難・費用増大では不足 英国より柔軟(Commercial impracticabilityの概念あり) 客観的不能に加え、当事者の帰責事由の有無で処理
契約終了の方法 自動的に終了(意思表示不要) 義務の消滅(excuse)として処理されることが多い 解除・危険負担規定で処理(意思表示が必要な場合あり)
既払金の返還 1943年法により返還・調整あり 不当利得・Restitutionの法理で処理 不当利得返還(民法703条等)

9. よくある質問(FAQ)

Q1. コロナウイルスのパンデミックはFrustrationに該当しますか?
A. 一概には言えません。英国の裁判例でも、パンデミックそのものがFrustrationに該当するとは限らず、「契約目的が根本的に変質したか」という観点から個別に判断されます。例えばイベント・ライセンス契約でイベント自体が政府命令で禁止された場合は認められやすい一方、単に業績が悪化した場合は認められません。実務的にはForce Majeure条項に感染症流行(epidemic/pandemic)を明記しておくことが重要です。
Q2. Frustrationと契約違反(breach of contract)はどう違いますか?
A. 大きな違いは当事者の帰責性です。Frustrationは当事者に帰責事由がない場合に認められる法理で、損害賠償義務は生じません。一方、breach of contractは当事者の義務不履行を指し、損害賠償義務が生じます。また、Frustrationは契約を自動終了させますが、breach of contractは必ずしも契約を終了させるわけではありません(軽微な違反では解除できない場合あり)。
Q3. 契約にForce Majeure条項があればFrustrationの適用は排除されますか?
A. Force Majeure条項が存在する場合、契約上の定めが優先するため、その条項が適用される範囲ではFrustrationの法理は退けられる可能性が高いです。ただし、Force Majeure条項が想定していなかった事象や、条項が適用されない状況(通知義務を怠った場合等)については、なおFrustrationの法理が適用される余地があります。両者の関係は複雑なため、個別案件では専門家への相談をお勧めします。
Q4. Frustrationが認められた場合、英国Law Reform (Frustrated Contracts) Act 1943はどのように機能しますか?
A. 1943年法は、Frustration発生前に支払われた金銭の返還、および発生前に一方当事者が支出した費用の調整について規定しています。原則として既払金は返還されますが、相手方が費用を支出していた場合は裁判所の裁量で合理的な額の控除が認められます。ただし、この法律は一部の契約(海上運送契約など)には適用されず、また当事者が契約で別途定めた場合はその定めが優先します。
Q5. 英文契約書のForce Majeure条項に「including but not limited to」と記載すれば列挙事由以外も全部カバーされますか?
A. 「including but not limited to」(以下に限られない)という文言は、列挙した事由が例示に過ぎないことを示しますが、Ejusdem generis(同種限定解釈)の原則が適用され、列挙された事由と類似する性質のものに限定して解釈される場合があります。より広い範囲をカバーしたい場合は、列挙に加えて「any other cause whatsoever beyond the reasonable control of the party」のように包括的な文言を明示することが有効ですが、これによってリスクが逆に広がる面もあるため、双方向のリスクを考慮した上で文言を検討する必要があります。

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この記事の執筆者

弁護士 菊地正登(片山法律会計事務所)
弁護士歴23年・国際法務歴17年。英国University of Southampton LLMコースワーク修了、ロンドンの法律事務所Hill Dickinson LLP勤務経験あり。英文契約書の作成・翻訳・リーガルチェックを主な業務とし、英米法の実務的観点から国際取引をサポート。著書「海外取引の成否は『契約』で9割決まる」(幻冬舎)。

※本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件に対する法的アドバイスではありません。個別案件については必ず弁護士にご相談ください。※英国法・米国法の解説は2025年時点の情報を基にしています。法改正等により内容が変わる場合があります。

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