英文契約書のDamages(ダメージズ:損害賠償)条項は、契約違反が発生した際に請求できる損害の範囲と計算方法を規律します。コモンローでは、契約違反による損害賠償は「違反がなければ得られていたはずの地位に置く」ことを原則としますが、際限ない拡大を防ぐための重要なルールがあります。特に予見可能性(foreseeability)とConsequential Loss(結果損失)の取扱いは、英文契約書の審査・交渉で必ず問題になるポイントです。英国留学・ロンドン法律事務所勤務経験を持つ国際取引を得意とする弁護士が、実務的な視点からわかりやすく解説します。
【目次】
1. Damages(損害賠償)の基本原則——Expectation Interest
2. 不法行為の損害賠償との違い——Reliance Interest
3. 損害賠償の限定——どこまでが賠償対象か
4. Consequential Loss(結果損失)と予見可能性
5. 著名判例:Transfield Shipping v. Mercator (The Achilleas) [2008]
6. 損害軽減義務(Duty to Mitigate)
7. 実務対応——Liquidated Damages条項による予定
8. 英国法・米国法・日本法の比較
9. よくある質問(FAQ)
コモンローにおける契約違反の損害賠償の基本原則は、Expectation Interest(履行利益)の補填です。すなわち、「違反行為がなく、義務が約定どおりに履行されていたら獲得していたはずの地位に被害当事者を置く」ことを目的とします。
Expectation Interestの原則は、被害当事者を「契約が履行された状態」に置くことを目指す点で、日本法における填補賠償と類似します。ただし、コモンローでは賠償の範囲を限定するための追加的なルール(予見可能性・損害軽減義務等)が重要な役割を果たします。
契約違反とは異なり、不法行為(Tort)に基づく損害賠償では、「その違法行為がなければ被害者が得られていたはずであろう地位に復帰させること」(Reliance Interest)が原則です。
契約違反と不法行為の損害賠償の比較
▸ 契約違反(Breach of Contract):違反がなければ得られた将来の利益(Expectation)を基準に損害を算定する
▸ 不法行為(Tort):違法行為がなければ置かれていたはずの地位(現状維持)に戻すことを基準に損害を算定する
ただし、これらの区別は理論的なものであり、実際の事案では両者が重複・交錯することがあります。例えばJunior Books Ltd v Veitchi Co Ltd [1983] 1 AC 520のように、不法行為でありながら経済的損失を認めるなど、境界線が曖昧な場合も存在します。
「違反がなければ得られた利益すべてを損害と認める」ことには際限がなく、当事者間の公平を著しく損なう可能性があります。そのため、コモンローでは損害賠償の範囲を限定するためのルールが発展しました。
損害賠償の限定原則
▸ 予見可能性(Remoteness):契約締結時に当事者が合理的に予見できた損害のみが賠償対象(Hadley v Baxendale [1854] ルール)
▸ 損害軽減義務(Duty to Mitigate):被害当事者は合理的な手段で損害の拡大を防ぐ義務を負う
▸ 因果関係(Causation):契約違反と損害との間に相当因果関係が必要
Hadley v Baxendale [1854]は損害賠償の範囲に関する最重要判例で、損害は「①契約違反から自然に生じる(通常損害)」か「②双方が契約締結時に知っていた特別の事情から生じる(特別損害)」場合のみ賠償対象になると定式化しました。この原則は英国法・日本法を問わず損害賠償論の基礎となっています。
Consequential Loss(コンシクエンシャル・ロス:結果損失)は、契約違反行為から間接的・派生的に生じる損害です。直接的な損害(Direct Loss)と区別され、英文契約書では賠償責任の範囲を巡って最も争われる領域の一つです。
Consequential Lossの賠償が認められるかは、「契約締結時に当事者が予見できたか(foreseeability)」が基準となります。ただし、この基準は明確ではなく、裁判所による判断がケースによって異なることもあります。
予見可能性の判断時点:英国法 vs. 日本法
英国法では予見可能性の判断時点は契約締結時です。これに対し日本法では債務不履行時とされています。実際の紛争において、この違いが結論に影響することがあるため、準拠法の確認が重要です。
英文契約書では、このような不確実性を排除するため、「Consequential Lossについては一切賠償しない」旨の免責条項(Exclusion of Consequential Loss)を設けることが非常に一般的です。この条項の有無と文言は契約レビューの重要チェックポイントです。
予見可能性の枠を超えた新たな視点を示した重要判例として、Transfield Shipping Inc v Mercator Shipping Inc (The Achilleas) [2008] UKHL 48があります。
事案の概要
元のCharterer(傭船者)が期日までに船を返還しなかったため、船主が次のChartererとの契約開始に遅れが生じた。その間にチャーター料のマーケットレートが急落したため、船主は次のChartererに対してより低い料率での契約を余儀なくされた。
争点:船主が旧Chartererに対して請求できる損害は、①マーケットレートと実際のレートの差額か、②次のChartererとの合意レートと実際の支払レートの差額か。
Court of Appeal:より高い損害額(②)を認容。
House of Lords:逆転。損害はマーケットレートと実際のレートの差額(①)に限られると判断。急激なマーケット変化は旧Chartererにとって契約締結時に予見不可能であり、かつ海運業界の慣行上、このような損害リスクを引き受けるとは解されないとした。
このThe Achilleas事件が示すのは、予見可能性に加えて「当事者が当該リスクを引き受ける意思があったか(assumption of responsibility)」という観点が損害賠償範囲の判断に影響する可能性があるということです。損害賠償の範囲の問題は、まさに不安定でケース・バイ・ケースといわざるを得ません。
コモンローでは、契約違反の被害当事者は損害を拡大しないよう合理的な措置を講じる義務(Duty to Mitigate)を負います。この義務を怠った場合、軽減できたはずの損害分については賠償を受けることができません。
✔ Duty to Mitigateの典型例
売主が商品を納品しなかった場合、買主は合理的な価格で代替品を調達する義務があります。代替品を調達せず損害が拡大した場合、本来調達すれば防げた損害分については賠償を受けられない可能性があります。ただし、「合理的な措置」の水準は状況によって異なり、過剰な努力まで求められるわけではありません。
英文契約書では、Duty to Mitigateについて明示的な規定を置く場合もあります。また、損害軽減義務に関する費用(代替調達コスト等)は、合理的な範囲で賠償請求できます。
損害賠償の範囲が不安定であることへの実務的な対策として、Liquidated Damages(リキダメ:損害賠償額の予定)条項を契約に設けることが有効です。
Liquidated Damages条項のメリット
▸ 予測可能性の向上:違反時に請求できる金額が事前に明確になる
▸ 立証負担の軽減:実際の損害額の立証が不要になる
▸ 紛争の迅速解決:損害額の争いを最小化できる
▸ リスク管理:当事者双方が賠償リスクを事前に把握・管理できる
ただし、Liquidated Damages条項が有効と認められるためには、設定した金額が「損害の合理的な事前見積もり(genuine pre-estimate of loss)」である必要があります。実際の損害とかけ離れた過大な金額を設定すると、Penalty(違約罰)と判断されて無効となるリスクがあります(詳細は別記事「Liquidated DamagesとPenaltyの違い」参照)。
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弁護士 菊地正登(片山法律会計事務所)
弁護士歴23年・国際法務歴17年。英国University of Southampton LLMコースワーク修了、ロンドンの法律事務所Hill Dickinson LLP勤務経験あり。英文契約書の作成・翻訳・リーガルチェックを主な業務とし、英米法の実務的観点から国際取引をサポート。著書「海外取引の成否は『契約』で9割決まる」(幻冬舎)。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件に対する法的アドバイスではありません。個別案件については必ず弁護士にご相談ください。※英国法・米国法の解説は2025年時点の情報を基にしています。法改正等により内容が変わる場合があります。
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