英文契約書に「Liquidated Damages(リキダメ)」条項が含まれていると、違反があった場合に契約書記載の金額が損害賠償として請求されます。しかし、その条項が英国コモンローにおけるPenalty(ペナルティ:違約罰)と判断されれば無効となり、記載金額は請求できません。Liquidated DamagesとPenaltyの区別は曖昧で、2015年の英国最高裁判決で判断基準が修正されるなど、現在も発展途上の分野です。英国留学・ロンドン法律事務所勤務経験を持つ国際取引を得意とする弁護士が、この重要な区別をわかりやすく解説します。
【目次】
1. Liquidated Damagesとは何か——日本法との比較
2. Penaltyとは何か——なぜ英国法では無効か
3. 両者の区別基準——Genuine Pre-estimate of Lossルール
4. 著名判例:Dunlop Pneumatic Tyre Co. v New Garage [1914]
5. 2015年最高裁判決による基準の修正——Cavendish Square v El Makdessi
6. 「Liquidated Damagesである旨を記載すれば有効」は誤り
7. 実務上の注意点——Liquidated Damages条項の起草・レビュー
8. 英国法・米国法・日本法の比較
9. よくある質問(FAQ)
Liquidated Damages(リキダメ)は、日本語で「損害賠償額の予定」と訳される条項です。契約違反により生じ得る損害額を事前に見積もり(Genuine pre-estimate of loss)、実際に違反が発生した場合にはその予定額を賠償額とみなすという取決めです。
日本法ではLiquidated DamagesもPenaltyも原則として有効ですが、英国コモンローではPenaltyは公序(public policy)に反するとして無効とされます。日本法に慣れた法務担当者が英文契約書を扱う際に特に注意が必要な点です。
Penalty(ペナルティ:違約罰)とは、実際の損害額とは無関係、またはこれを遥かに超えるような金額を合意し、義務の履行者に対して「違反すれば高額の制裁を受ける」という脅しをかけることで履行を強制しようとする条項です。
⚠ Penaltyが無効となる理由(英国コモンロー)
コモンローは、損害賠償を「被った損害の填補」と位置づけており、損害を超える金額の強制は「懲罰」に相当し、公序に反するとします。したがって、実際の損害額とかけ離れた過大な金額を定めた条項は、たとえ当事者が合意していてもPenaltyとして無効となります。
Penaltyと判断された場合、記載された金額は請求できなくなります。被害当事者は、通常の損害賠償請求として実際の損害を立証しなければなりません。つまり、Penaltyと判断されると、請求側にとって大きな不利益が生じます。
Liquidated DamagesとPenaltyの伝統的な区別基準は、設定金額が「損害の合理的な事前見積もり(Genuine pre-estimate of loss)」といえるかどうかです。
Liquidated Damages vs. Penalty——伝統的判断基準
▸ Liquidated Damages:設定金額が、契約締結時に予想される損害の合理的な事前見積もりである場合。事後的に実際の損害と異なっていても問題にならない
▸ Penalty:設定金額が、実際に生じうる最大の損害額と比べて「法外で受け入れがたい(extravagant and unconscionable)」レベルである場合。または、違反の軽重にかかわらず一律の高額が設定されている場合
重要なのは、この判断は「契約締結時の視点」で行われることです。契約締結時に損害の見積もりが難しかった事情がある場合、多少過剰な見積もりであっても、合理的な試みとしてLiquidated Damagesと認められることがあります。
LiquidatedDamagesとPenaltyの区別に関する古典的リーディングケースが、House of LordsのDunlop Pneumatic Tyre Co Ltd v New Garage & Motor Co Ltd [1914] UKHL 1です。
Dunlop判例が示した判断指針(Lord Dunedin)
▸ Penaltyとなる場合:設定金額が違反から生じ得る最大の損害額と比べて法外で受け入れがたい水準(extravagant and unconscionable)のとき
▸ Penaltyとなる場合:金銭債務の違反について、違反額よりも多い金額が設定されているとき
▸ Liquidated Damagesとなる場合:損害の正確な事前見積もりが困難な事情があり、設定金額が真摯な事前見積もりといえる場合は、多少不相応に見えても有効
▸ 注意点:「Penalty」「Liquidated Damages」という契約書上のラベルは、判断に際して結論的ではない
このDunlop判例は100年以上にわたって英国のLiquidated Damages法理の中核を形成してきましたが、2015年に最高裁判決によって基準が修正されました。
2015年に英国最高裁(The Supreme Court)は、Cavendish Square Holding BV v Talal El Makdessiにおいて、Penaltyルールの判断基準を修正・明確化しました。
Cavendish Square判決の新基準
Penaltyルールが適用されるのは、問題となる条項が、それにより保護を受ける当事者の正当なビジネス上の利益(a legitimate business interest)との均衡を失した法外なレベル(extravagant, exorbitant or unconscionable)にある場合のみとされました。
すなわち、単に「損害の事前見積もり(pre-estimate of loss)」の概念を超えても、それが当事者の正当な利益を保護するために合理的であれば、Penaltyにはならないとされました。これにより、従来よりも広い範囲のLiquidated Damages条項が有効と認められる可能性があります。
✔ Cavendish判決のポイント(実務への影響)
新基準では、①当事者が保護しようとしている正当なビジネス上の利益は何か、②その利益保護のための手段として条項の内容が法外(exorbitant)・過大(unconscionable)といえるかを問います。プロ同士の事業者間契約においては、「公正に交渉された条件はPenaltyになりにくい」という方向性が示されました。
実務上よく見られる誤解として、「契約書に『この条項はPenaltyの趣旨ではなくLiquidated Damagesである』と記載すれば有効になる」というものがあります。これは誤りです。
⚠ ラベルだけでは効力は決まらない
契約書上の「Liquidated Damages」「Not a Penalty」という文言は、裁判所の判断において決定的な意味を持ちません。あくまで条項の実質的な内容・事実関係に基づいて判断されます。法外な金額を設定しながら「これはLiquidated Damagesである」と記載しても、裁判所はPenaltyと判断する場合があります。
英文契約書でLiquidated Damages条項を設ける際は、設定金額の根拠・算定方法を記録として残しておくことが推奨されます。将来争いになった際に「契約締結時に合理的な見積もりをした」という証拠となるためです。
Liquidated Damages条項を起草・レビューする際には、以下の点を確認することが重要です。
起草・レビューチェックリスト
▸ 設定金額は契約締結時の合理的な損害見積もりに基づいているか
▸ 設定金額の算定根拠・計算方法を記録・文書化しているか
▸ 違反の軽重・種類にかかわらず一律の高額が設定されていないか(一律設定はPenaltyとされやすい)
▸ 設定金額が実際の最大損害額と比べて著しく不相応でないか
▸ 対象となる違反行為が特定・明確になっているか
▸ Liquidated Damages条項が適用される違反と適用されない違反の区分けが明確か
▸ Liquidated Damages請求と契約解除その他の救済手段との関係が明確か
特に建設・IT・製造分野では、遅延損害金(Delay Damages)や成果未達損害金(Performance Damages)として日常的にLiquidated Damages条項が用いられます。条項の内容が公平性を維持しているかを慎重に検討し、必要に応じて上限額(Cap)の設定も組み合わせることが実務上の対策です。
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弁護士 菊地正登(片山法律会計事務所)
弁護士歴23年・国際法務歴17年。英国University of Southampton LLMコースワーク修了、ロンドンの法律事務所Hill Dickinson LLP勤務経験あり。英文契約書の作成・翻訳・リーガルチェックを主な業務とし、英米法の実務的観点から国際取引をサポート。著書「海外取引の成否は『契約』で9割決まる」(幻冬舎)。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件に対する法的アドバイスではありません。個別案件については必ず弁護士にご相談ください。※英国法・米国法の解説は2025年時点の情報を基にしています。法改正等により内容が変わる場合があります。
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