英国University of Southampton LLMコースワーク修了・ロンドンの法律事務所勤務経験を持つ弁護士が、英国法・コモンローにおける「Remoteness(遠隔性)」の法理を解説します。損害賠償の範囲を画する重要なルールであり、英文契約書における損害賠償条項・免責条項と深く関わります。Hadley v Baxendaleルールを中心に実務的な視点から詳しく説明します。
【目次】
1. Remotenessとは何か
2. Hadley v Baxendaleの原則——2段階テスト
3. 「too remote」とはどういう状態か
4. 不法行為(Tort)における Remotenessとの違い
5. 英文契約書と Remoteness——条項設計への影響
6. 予見可能性テストの実務的判断基準
7. 介在事由(Intervening Act)とCausation
8. 英米日比較表
9. よくある質問(FAQ)
Remoteness(リモートネス)とは、「遠隔性」または「因果関係の希薄性」を意味する英国法・コモンローの概念です。ある違法行為や契約違反によって損害が生じた場合でも、行為と損害の間の因果関係が希薄すぎる(too remote)ときは、その損害についての賠償責任が否定されるという法理です。
たとえば、A社がB社に商品を納期通りに納入しなかった結果、B社が重要な顧客を失い、その後に事業規模が縮小して10年後に廃業したとします。A社の契約違反とB社の廃業の間には「なければこれなし(条件関係)」が認められる場合でも、Remotenessの原則から、廃業による損害すべてをA社が賠償する必要はない、とされる可能性があります。
契約違反に基づく損害賠償の範囲を規律するルールとして、英国法の礎となる判例が Hadley v Baxendale [1854] 9 Exch 341です。この判例は「Hadley v Baxendaleルール」として、現在も英国・コモンロー諸国で広く適用されています。
第1段階(通常損害):契約違反から自然に(naturally)発生する損害、すなわち通常の物事の流れ(usual course of things)において生じると合理的に予見できる損害
第2段階(特別損害):特別な事情(special circumstances)から生じる損害であって、その特別な事情を契約締結時に被告が知っていた(または知るべきであった)場合に限り賠償を請求できる損害
このルールにより、契約締結時に当事者が予見できなかった損害については、契約違反との因果関係があっても「too remote」として賠償が認められません。英文契約書における「Consequential Loss(結果的損失)」の免責条項は、このHadley v Baxendaleルールの第2段階を排除する趣旨で設けられることが多いです。
「Too remote(因果が遠すぎる)」とは、行為と損害の間に他の原因が介在するなどして、行為が損害の遠因にとどまっている状態を指します。具体例を見てみましょう。
例1(Too remoteでない):製造業者が機械の部品を納期通りに納入しなかったため、工場の操業が2日間停止し、生産できなかった製品分の損失が生じた。→ 通常損害として賠償請求できる。
例2(Too remoteの可能性):製造業者が機械の部品を納期通りに納入しなかったため、工場が操業停止し、そのタイミングで重要な顧客との大型契約が破綻し、さらにその顧客の離脱によって株価が暴落した。→ 株価下落は「too remote」として賠償が認められない可能性がある。
Remotenessのルールは、契約法と不法行為法(Tort)で異なります。
契約法:Hadley v Baxendaleルール(予見可能性テスト。契約締結時を基準とする)
不法行為法(Negligence):Wagon Mound テスト(損害の種類の予見可能性。違法行為時を基準とする。Overseas Tankship (UK) Ltd v Morts Dock and Engineering Co Ltd [1961] UKPC 1)
Negligenceによる不法行為では、「損害の種類」が予見可能であれば、損害の範囲や程度は予見できなくても賠償責任が認められる(eggshell skull rule)場合もあります。契約法と不法行為法のRemotenessの違いは、特に国際取引紛争の際に重要な論点となります。
英文契約書において、Remotenessのルールと関連する条項として特に重要なのが「Consequential Loss / Indirect Loss の免責条項」です。
"In no event shall either party be liable for any indirect, incidental, special, or consequential damages, including but not limited to loss of profits, loss of revenue, loss of data, or loss of goodwill."
(いかなる場合も、いずれの当事者も、利益の喪失、収益の喪失、データの喪失、のれんの喪失を含むがこれに限らない間接的・付随的・特別・結果的損害については責任を負わない。)
この種の免責条項はHadley v Baxendaleルールの第2段階損害を明示的に排除するものです。逆に言えば、相手方に対して特別な損害の可能性を契約交渉の段階で通知・開示しておくことで、その損害が「第1段階の通常損害」として認められる余地が生まれます。
「予見可能(foreseeable)」かどうかの判断基準をより精緻化した判例として、Victoria Laundry (Windsor) Ltd v Newman Industries Ltd [1949] 2 KB 528が重要です。
・予見可能性は「合理的に予見できる範囲」であればよく、厳密な予見は不要
・契約締結時の知識・情報を基準とする
・特別な損害については、相手方に事前に開示されていることが必要
・「実質的に公正な危険(serious possibility)」として認識できれば足りる
Remotenessと密接に関連する概念として「介在事由(Novus actus interveniens)」があります。これは、行為と損害の間に第三者の行為や自然的事象が介在し、元の行為と損害の因果関係を断絶させるという理論です。
例えば、売主が欠陥製品を納入し、それを使用した買主の従業員が安全手順を無視した操作をしたために事故が発生した場合、従業員の不合理な行動が「介在事由」として元の欠陥製品との因果関係を断絶する可能性があります。介在事由が認められるかどうかは、介在行為が予見可能であったかどうかによって判断されます。
| 比較項目 | 英国法(契約法) | 米国法 | 日本法 |
|---|---|---|---|
| 基本ルール | Hadley v Baxendaleルール | Restatement (Second) Contracts §351(同様のルール) | 民法416条(通常損害・特別損害) |
| 基準時点 | 契約締結時の予見可能性 | 契約締結時 | 契約締結時(通説・判例) |
| 特別損害の扱い | 事前の知識・開示が必要 | 同左 | 予見可能であれば賠償(民法416条2項) |
| 間接損害の免責 | 契約条項で明示的に排除可能 | 同左 | 特約で制限可能(ただし信義則による制限あり) |
Q1. 「Consequential Loss(結果的損失)」は必ずtoo remoteになりますか?
必ずしもそうではありません。契約締結時に相手方が特別な損害の可能性を知っていた場合、それはHadley v Baxendaleの第2段階損害として賠償請求できます。だからこそ、Consequential Lossの免責条項が実務上非常に重要なのです。
Q2. 損害を拡大させないようにする義務(Duty to mitigate)とRemotenessの関係は?
Duty to mitigate(損害軽減義務)は、被害者が合理的な措置をとることで損害拡大を防ぐ義務です。Remotenessとは別の概念ですが、どちらも賠償額を制限する機能を持ちます。損害軽減義務を怠った部分の損害はRemotenessでなくても賠償されません。
Q3. 日本法の民法416条とHadley v Baxendaleルールはどう違いますか?
日本法の民法416条は「通常生ずべき損害」と「特別損害(予見可能)」に区別しており、Hadley v Baxendaleルールと類似しています。ただし、予見者の主観(債務者か合理的人かなど)や予見時期の解釈が異なる場合があります。
Q4. 英文契約書でRemotenessの問題を回避するにはどうすればいいですか?
契約締結時に特別な損害の可能性を相手方に明示的に通知・開示し、その損害が賠償対象となることを契約書に明記する方法が有効です。反対に、免責条項でConsequential Lossを明示的に排除することで自らのリスクを限定することも重要です。
Q5. Remotenessは国際仲裁でも適用されますか?
準拠法が英国法またはコモンロー諸国の法律であれば、Remotenessのルール(Hadley v Baxendaleルール)は国際仲裁においても適用されます。UNCITRALやICC仲裁でも、準拠法の損害賠償法理に従って審理されます。
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この記事の執筆者
弁護士 菊地正登(片山法律会計事務所)
弁護士歴23年・国際法務歴17年。英国University of Southampton LLMコースワーク修了、ロンドンの法律事務所勤務経験あり。英文契約書の作成・翻訳・リーガルチェックを主な業務とし、英米法の実務的観点から国際取引をサポート。著書「海外取引の成否は『契約』で9割決まる」(幻冬舎)。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件に対する法的アドバイスではありません。個別案件については必ず弁護士にご相談ください。※英国法・米国法の解説は2025年時点の情報を基にしています。法改正等により内容が変わる場合があります。
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