英国University of Southampton LLMコースワーク修了・ロンドンの法律事務所勤務経験を持つ弁護士が、英国のEU加盟時代における「EU法の優越」の法理と、2020年1月のBrexit後の法体制の変化を解説します。European Court of Justice(ECJ)の役割、EU Competition Law(競争法)の実務的影響、Brexit後の英国・EU間取引における現在の注意点まで、実務的観点から解説します。
【目次】
1. EU法の優越とは何か——英国加盟時代の法体制
2. Parliamentary Sovereignty(議会主権)とEU法の関係
3. European Court of Justice(ECJ)とPreliminary Rulings
4. EU Competition Law(競争法)——企業間取引への影響
5. Exclusive Distributorship(独占的販売店契約)と競争法
6. Brexit(2020年1月31日)による変化
7. Brexit後の英国・EU間取引の現在の注意点
8. 英英(Brexit前後)・EU・日本の比較表
9. よくある質問(FAQ)
英国がEUに加盟していた時代(1973年〜2020年1月31日)において、EU法は英国内法に優位する法源として機能していました。これを「EU法の優越(Supremacy of EU Law)」と言います。
EU法の優越は、EU加盟国の国内法と矛盾するEU法が存在する場合、国内法の適用を排除してEU法を優先的に適用するという原則です。これはEU司法裁判所(ECJ)の判例法(Costa v ENEL [1964]等)によって確立され、その後各加盟国の法制度に組み込まれました。
英国には「Parliamentary Sovereignty(議会主権)」という独自の原則があります。これは、英国議会が最高の立法権限を持ち、最高裁判所でさえ議会の法律を無効化できないという原則です。
Parliamentary Sovereignty:英国議会は主権的立法権限を持ち、いかなる法院も議会の立法を無効化できない。
EU加盟時代の修正:European Communities Act 1972により、EU法(EU直接適用法令=Regulation)は英国内で直接効力を持ち、英国の国内法に優先した。議会主権はEU法の優越という重大な例外によって制限を受けていた。
著名判例:R v Secretary of State for Transport, ex parte Factortame Ltd [1990](Factortame事件)では、英国の成文法が EU法に違反するとして英国裁判所がその適用を停止した画期的な判決が下された。
EU加盟時代、EU法の解釈をめぐって疑義が生じた場合、加盟国の裁判所はECJ(EU司法裁判所)に「Preliminary Ruling(先行裁定)」を求めることができました。
Preliminary Rulings(先行裁定)の仕組み:
1. EU加盟国の裁判所が国内法事件においてEU法の解釈が問題となる場合、ECJに照会する
2. ECJがEU法の解釈について裁定を下す
3. ECJの裁定は全加盟国・全裁判所を拘束する
4. 照会元の裁判所はECJの裁定に従って事件を解決する
実務的意義:EU競争法・労働法・製品安全規制などの解釈がPreliminary Rulingsを通じてEU全体で統一されていた。
英国EU加盟時代において、企業間取引で特に重要だったのがEU Competition Law(競争法)です。これは日本の独占禁止法に相当するもので、EU圏内の自由かつ公正な単一市場を維持するための規制です。
TFEU(Treaty on the Functioning of the EU)第101条:競争を制限・歪曲する当事者間の合意・協定・決定を禁止する。カルテル行為が典型例。
TFEU第102条:市場支配的地位の濫用を禁止する。
Regulation 330/2010(垂直制限規則):販売店契約・フランチャイズ契約等の垂直的合意について、一定条件下で適用除外(Block Exemption)を認める。
EU加盟国間で独占的販売店契約(Exclusive Distribution Agreement)を締結する場合、EU競争法の適用を受ける場面がありました。
例えば、一定地域における独占的販売権を付与する条項が競争を制限する合意として第101条に違反する可能性があります。ただし、Block Exemption(適用除外)の要件を満たせば、競争法違反を回避できます。英国EU加盟時代には、EU-UK間の販売店契約にもこのような規制が及んでいました。
2020年1月31日をもって英国はEUを正式に離脱(Brexit)しました。これにより、EU法の優越は英国においてもはや適用されなくなりました。
Brexit後の主な変化:
・EU法の直接適用はなくなり、Parliamentary Sovereigntyが完全に回復した
・EU Withdrawal Act 2018により、Brexit前に存在したEU由来の法律は「Retained EU Law(保持されたEU法)」として英国国内法として引き続き効力を持つ(ただし英国議会が改廃できる)
・ECJの判決は英国裁判所を拘束しなくなった(ただし参考資料として引用可能)
・英国とEU間の取引は、UK-EU Trade and Cooperation Agreement(TCA:2020年)に基づいて規律される
2025年現在、Brexit後の英国・EU間取引において特に注意すべき点をまとめます。
競争法:英国はUK Competition Act 1998(CMA管轄)、EU側はEU競争法(欧州委員会管轄)が並行して適用される。UK-EU双方に影響する取引は両方の規制を確認する必要がある。
データ保護:英国はUK GDPRを施行。EUとのデータ移転には「Adequacy Decision(十分性認定)」が維持されているが(2025年時点)、今後変更の可能性がある。
関税・通関:英国はEU単一市場から離脱したため、英EU間の物品取引に関税・通関手続が発生する。
サービス業・専門資格:EUでの専門資格の自動的な相互承認がなくなり、英国の専門家がEU各国で業務を行うには各国の要件を満たす必要がある。
| 比較項目 | 英国(Brexit前) | 英国(Brexit後・現在) | 日本 |
|---|---|---|---|
| EU法の適用 | EU法が国内法に優越 | EU法は適用されない | EU法は適用されない |
| 競争法 | EU競争法(TFEU101・102条)+国内法 | UK Competition Act 1998(CMA管轄) | 独占禁止法(公正取引委員会管轄) |
| データ保護 | EU GDPR | UK GDPR | 個人情報保護法 |
| 英EU間取引 | 単一市場内の自由移動 | TCAに基づく第三国間取引 | EPA・FTAに基づく |
Q1. Brexit後、英国とEU各国との間の契約書に「準拠法:英国法」と定めた場合、EU法は適用されますか?
Brexit後、英国法準拠の契約にEU法は自動的には適用されません。ただし、EU規制が強行法規として適用される場合(GDPR、EU競争法など)や、EU域内での活動・取引にEU規制が及ぶ場合は、別途EU法への対応が必要です。
Q2. Brexit前に締結した英国法準拠の契約は、Brexit後も有効ですか?
原則として有効です。ただし、契約内容がEU規制への準拠を前提としている場合や、EU圏での免許・認可を必要とする業務が含まれる場合は、契約の再確認・修正が必要な場合があります。
Q3. 英国企業とEU企業との間の独占的販売店契約で、競争法上注意すべき点は?
Brexit後は、英国側でUK Competition Act 1998(CMA監督)、EU側でEU競争法(欧州委員会監督)の双方が適用される可能性があります。特に英EU双方の市場に影響を与える独占的条件・価格拘束条項は両方の法域で問題となる可能性があります。
Q4. 日本企業が英国・EU間の取引に関わる場合、何を確認すべきですか?
①取引が英国内に限定されるのかEU市場にも影響するのかを確認する、②競争法(独占的条件・価格拘束等)の英UK双方の規制を確認する、③データ移転規制(UK GDPR・EU GDPR)への対応、④関税・通関規制の確認——の4点が特に重要です。
Q5. Brexit後の英国で、以前のECJ判例は効力を持ちますか?
Brexit前に英国裁判所を拘束していたECJ判例は、EU Withdrawal Act 2018により「Retained EU Case Law」として2023年末まで英国裁判所を拘束していましたが、その後は英国最高裁判所がこれを上書きできるようになっています。ECJ判例は「参考」として引用されることはありますが、拘束力はありません。
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弁護士 菊地正登(片山法律会計事務所)
弁護士歴23年・国際法務歴17年。英国University of Southampton LLMコースワーク修了、ロンドンの法律事務所勤務経験あり。英文契約書の作成・翻訳・リーガルチェックを主な業務とし、英米法の実務的観点から国際取引をサポート。著書「海外取引の成否は『契約』で9割決まる」(幻冬舎)。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件に対する法的アドバイスではありません。個別案件については必ず弁護士にご相談ください。※英国法・EU法の解説は2025年時点の情報を基にしています。Brexit後の制度変化等により内容が変わる場合があります。
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