英国University of Southampton LLMコースワーク修了・ロンドンの法律事務所勤務経験を持つ弁護士が、英文契約書実務において必ず押さえておくべきContra Proferentem(コントラ・プロフェレンテム)原則を解説します。免責条項や責任制限条項の起案・レビューにおいて直接影響する重要ルールです。
【目次】
1. Contra Proferentemとは何か
2. 原則の由来と法的根拠
3. 典型的な適用場面:免責条項と責任制限条項
4. リーディング・ケースに見る裁判所の判断
5. 実務上のリスク:どんな条文が危険か
6. 起案・レビュー時の対策
7. 米国法との比較
8. 英米法・日本法・その他法制度の比較表
9. よくある質問(FAQ)
Contra Proferentem(コントラ・プロフェレンテム)とは、ラテン語で「提案者に不利に(against the one who put it forward)」を意味します。英国コモン・ローにおいて確立されたこの原則は、契約条項の文言が曖昧で一義的に解釈できない場合、その条項を起草した当事者(または提案した当事者)に不利な方向で解釈されるというルールです。
平易に言えば、「曖昧な文章を書いた方が損をする」という原則です。自社に有利な免責条項や責任制限条項を盛り込もうとした当事者が、その文言の不明確さゆえに、かえって不利な解釈を受けるリスクを負うことになります。
Contra Proferentemの原則は、コモン・ローの長い歴史の中で形成されました。その背景には、契約条項の起草者は相手方よりも文言の意図を理解していること、また起草者は明確な表現を選ぶ機会を十分に持っていたという考え方があります。
英国では、Unfair Contract Terms Act 1977(不公正契約条項法)やConsumer Rights Act 2015(消費者権利法)といった法律も、特に消費者契約において同様の趣旨を明文化しています。ただし、ビジネス間(B2B)取引においても、コモン・ロー上のContra Proferentemは依然として重要な解釈原則として機能します。
実務上、Contra Proferentemが最も頻繁に問題となるのは、以下の2種類の条項です。
免責条項(Exemption Clause / Exclusion Clause)
特定の損害について責任を一切負わないと定める条項。例:「いかなる損害についても当社は責任を負わない」。この「いかなる損害」の範囲が曖昧な場合、起草者に不利な方向で狭く解釈される。
責任制限条項(Limitation of Liability Clause)
損害賠償額の上限を定める条項。例:「損害賠償は契約金額の10%を上限とする」。損害の種類(直接損害・間接損害など)が明確に区別されていない場合、起草者に不利に解釈されるリスクがある。
上記のような条項を挿入しようとする当事者(通常は、より交渉力のある当事者)は、条項の文言を一義的・明確に起案する責任があると考えられています。
具体的な判例として、物品の預託事例を考えてみます。物品の預託を受けた業者が「保管中に火災によって生じた損害について責任を負わない」という条項を入れていたとします。しかし、火災がどのような状況(業者の過失による火災か、不可抗力による火災か)を指しているかが曖昧だった場合、裁判所はContra Proferentemを適用し、この免責条項を起草した業者に不利な方向で解釈します。
結論として、「業者の過失によらない火災のみを免責する趣旨であり、業者に過失がある火災は免責されない」と解釈されることになります。これにより、曖昧な条項を起草した業者が不利益を受ける典型例が生じます。
英国の裁判所は長年にわたり、特に過失(negligence)による損害を免除しようとする場合は、その旨を明示的に記載しなければ免責が認められないという立場を取り続けています。これはContra Proferentemの典型的な適用例といえます。
以下のような表現は、Contra Proferentemリスクが高い典型例です。
リスクの高い表現例
・"any damages"(いかなる損害も)——直接損害のみか間接損害も含むか不明確
・"all losses"(すべての損失)——どの種類の損失を指すか不明確
・"damage caused by the event"(その事象により生じた損害)——「その事象」の範囲が不明確
・"except as otherwise provided"(別途定める場合を除き)——「別途定める場合」の内容が不明確
・"to the extent permitted by law"(法令の許す範囲で)——適用法令が特定されていない
これらの表現はいずれも、複数の解釈が成立する余地があり、裁判所がContra Proferentemを適用して起草者に不利な解釈をとる可能性が高くなります。
Contra Proferentemのリスクを回避するための実践的対策を以下にまとめます。
実務対策チェックリスト
✓ 損害の種類(直接損害・間接損害・逸失利益等)を明示的に列挙する
✓ 免責の対象となる事象(不可抗力・過失・故意など)を具体的に記載する
✓ 「いかなる」「すべての」という包括的表現を避け、具体的に列挙する
✓ 責任制限条項には上限額の算定方法を明確に定める
✓ 過失による損害を免責する場合は"including negligence"と明示する
✓ 条項を多角的に検討し、異なる解釈が生じる可能性を潰す
特に、免責条項や責任制限条項を起案する当事者は、自社に有利な内容を盛り込もうとする意図があるだけに、曖昧さが生じた場合のリスクは自社が負うことを常に意識して起案に臨む必要があります。
米国法においても、Contra Proferentemは広く認められる解釈原則です。ただし、その適用には若干の違いがあります。
米国では、特に保険契約においてContra Proferentemが積極的に適用される傾向があります。保険会社が保険約款を一方的に起草するため、曖昧な文言は被保険者に有利に解釈されます。また、米国統一商事法典(UCC)も契約解釈において同様の考え方を採用しています。
英国法と米国法の大きな違いとして、英国では当事者が対等な商取引当事者(sophisticated parties)である場合、裁判所はContra Proferentemをより慎重に適用する傾向があります。つまり、大企業同士の取引では、裁判所は当事者が十分に交渉する能力を持っていたと見なし、条文の曖昧さの責任をより厳格に当事者に帰す可能性があります。
Contra Proferentemに類似する概念の各法制度における扱いを比較します。
| 法制度 | 原則の名称 | 適用範囲 | 特徴・備考 |
|---|---|---|---|
| 英国法 | Contra Proferentem | B2B・B2Cともに適用 | UCTA1977・CRA2015で強化。免責条項への適用が特に厳格 |
| 米国法 | Contra Proferentem | 保険契約で特に積極的適用 | UCC・各州法でも認められる。州によって適用度合いが異なる |
| 日本法 | 明文規定なし | 消費者契約法等で部分的に対応 | 信義則(民法1条2項)による解釈で類似結果。約款規制が主な手段 |
| EU法(DCFR) | Interpretation against supplier | 消費者契約中心 | EU指令により消費者保護の文脈で明文化 |
| 中国法 | 不利解釈原則 | 定型約款に適用 | 民法典(2021年施行)で明文化。約款提供者に不利な解釈 |
Q1. Contra Proferentemは当事者間の合意で排除できますか?
A. 理論上は可能ですが、実務上は難しいとされています。仮に「Contra Proferentemは適用しない」と明記したとしても、その条項自体が曖昧であればContra Proferentemが適用されるという逆説的な問題が生じます。根本的な対策は、条文を明確に起案することです。
Q2. 契約書を双方で共同起案した場合にも適用されますか?
A. 双方が対等に条項を起案・交渉した場合、Contra Proferentemの適用は限定的になります。裁判所は、どちらの当事者がその条項を「提案」したかを判断し、特定できない場合は適用しないこともあります。ただし、実際にはどちらか一方が草案を作成することが多いため、草案作成者のリスクが生じます。
Q3. 日本企業が英国法準拠の契約書をレビューする際、特に注意すべき点は?
A. 日本企業が英国企業から提示された契約書をそのまま受け入れる場合、相手方が起草した免責条項や責任制限条項に曖昧な表現があれば、Contra Proferentemにより日本企業に有利な解釈がなされる可能性があります。一方、日本企業が自ら条項を起草・修正した場合はリスクが逆転します。必ず弁護士によるリーガルチェックを受けることを推奨します。
Q4. 標準約款(ひな形)を使用した場合にもContra Proferentemは適用されますか?
A. はい、適用されます。業界標準の約款(例:NEC、FIDIC等のエンジニアリング契約)であっても、その条項を自社に取り込んで使用した当事者が「起草者」とみなされることがあります。ただし、業界団体等が中立的立場で策定した標準約款については、Contra Proferentemの適用が緩和されることもあります。
Q5. Contra Proferentemが適用されても、必ず相手方に有利な解釈になるのですか?
A. Contra Proferentemは、他の解釈方法(文脈解釈、目的解釈など)をすべて試みた後に、なお曖昧さが残る場合に適用されます。つまり、最後の手段(last resort)としての性格を持ちます。裁判所はまず条文全体の文脈から合理的な解釈を試み、それでも解釈が複数成立する場合にContra Proferentemを援用します。
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弁護士 菊地正登(片山法律会計事務所)
弁護士歴23年・国際法務歴17年。英国University of Southampton LLMコースワーク修了、ロンドンの法律事務所勤務経験あり。英文契約書の作成・翻訳・リーガルチェックを主な業務とし、英米法の実務的観点から国際取引をサポート。著書「海外取引の成否は『契約』で9割決まる」(幻冬舎)。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件に対する法的アドバイスではありません。個別案件については必ず弁護士にご相談ください。※英国法・米国法の解説は2025年時点の情報を基にしています。法改正等により内容が変わる場合があります。
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