英国University of Southampton LLMコースワーク修了・ロンドンの法律事務所勤務経験を持つ弁護士が、英文契約書実務における「Divisible Contracts(分割可能な契約)」の概念と、部分履行・Substantial Performance(実質的履行)の問題を判例を交えて解説します。建設・請負・商品売買契約に関わる法務担当者にとって特に重要なテーマです。
【目次】
1. Divisible Contractsとは何か
2. 部分履行と出来高払い——建設・請負契約での問題
3. Substantial Performance(実質的履行)の法理
4. Hoenig v Isaacs事件——リーディング・ケース
5. 数量指示売買における一部引渡しの問題
6. 引渡し遅延と受領拒絶——時期の問題
7. Estoppelとの関係——受領後の受領拒絶
8. 英米法・日本法・その他法制度の比較表
9. よくある質問(FAQ)
Divisible Contract(分割可能な契約)とは、契約上の義務が複数の部分に分割できる契約をいいます。これに対して、契約義務が一体として扱われ全部の履行が必要とされる契約をEntire Contract(全部履行契約)と呼びます。
Divisible Contractsの典型例としては、建築請負契約があります。建物の完成度合いが段階的に観念でき、土台完成・骨組み完成・外壁完成といった各段階ごとに部分的な履行が認められます(Taylor v Webb [1937] 2 KB 283)。
Divisible ContractとEntire Contractの違い
Divisible Contract:部分履行でも履行した分に応じた報酬請求が可能。各部分が独立した約因(consideration)を持つ。
Entire Contract:全部を完成させて初めて報酬請求できる。未完成の場合、原則として報酬請求不可。
建設・エンジニアリング・IT開発などの請負型契約では、完成に至らずとも、終了した段階の出来高(quantum meruit)に応じて報酬を請求できる場合があります。これは特に長期プロジェクトにおいて重要な問題です。
しかし、契約が明示的にDivisible Contractとして設計されていない場合、部分履行に対する報酬請求が認められるかどうかは不明確になります。このため、建設・請負契約では、マイルストーン(工程節目)ごとの支払い条件を明確に定めることが実務上の常道です。
実務上の重要ポイント
Divisible Contractの性質を有する契約を締結する場合には、段階ごとにどのように報酬等を扱うのか、事前に当事者間で明確に合意しておくことが賢明です。特に、各マイルストーンの定義・検収条件・支払金額・支払時期を明確に規定することで、後日の紛争を予防できます。
Divisible Contractsに関連する問題として、Substantial Performance(実質的履行)の法理があります。これは、請負人が契約に定められた仕事のほとんどを完成させた(substantial performance)が、細部に欠陥がある場合に、注文者が報酬金全額の支払いを拒絶できるかという問題です。
英国法では、ケースによっては、注文者の報酬金全額の支払い拒絶は認められないと判断されることがあります。注文者は、細部の欠陥を損害として金銭換算し、その額を本来の報酬額から控除し、残額の支払いをしなければならないという判断がなされることがあります。
Substantial Performanceの判断基準
・欠陥の重大性(severity of defects)
・契約全体に対する未履行部分の割合
・欠陥の修補可能性と修補コスト
・契約の目的達成度
小さな欠陥を理由に報酬全額の支払いを拒絶することは不公平であり、社会経済にとっても損失であるという価値判断が背景にあります。
Substantial Performanceの代表的判例としてHoenig v Isaacs [1952] 2 All ER 176があります。
Hoenig v Isaacs事件の概要
インテリアデザイナーが依頼を受けて部屋の装飾・家具設置を行いましたが、完成後に本棚のドアがうまく閉まらない、本棚が1インチ短いなどの欠陥が発見されました。修補費用は56ポンドであったのに対し、契約代金は750ポンドでした。裁判所は、Substantial Performanceがあったとして、欠陥修補費用56ポンドを差し引いた残額の支払いを命じました。依頼者が全額支払いを拒絶することはできないと判断されたのです。
このケースは、契約金額に比較して軽微な欠陥がある場合、報酬全額の支払いを拒絶することはできないという原則を明確にしたものです。ただし、この判断は明確な基準の下に出されるものではないため、紛争予防のための契約書条項の整備が重要です。
商品の数量を指定して購入するいわゆる数量指示売買において、目的物の一部しか引渡しがされなかった場合にも類似の問題が生じます。
原則として、約定どおりの全部の履行がなければ、買主は一部だけ提供されたとしても受領を拒絶できます。しかし、買主が一部の履行として受領してしまった場合、その範囲で代金の支払義務が生じます。
数量不足納品への実務的対応
・受領前に数量確認を徹底し、不足があれば受領を拒絶するか、書面で条件付き受領の旨を明記する
・一部受領に応じる場合でも、残量の引渡義務を確認する書面を取り交わす
・売買契約書に、数量不足の場合の代金減額・受領拒絶の手続きを明記する
・一部受領が全体の受諾を意味しないことを合意書で明確にする
量的な問題以外に、時期の問題もあります。売主の商品引渡しが合意した時期より遅延した場合、契約違反となるため、買主は同商品の受領を拒絶できます。
しかし、買主が任意にこれを受領した場合には、後から気が変わって受領を拒絶したいと思っても、Estoppelの理論によりこれが許されなくなることがあります。実際の取引では、一度受領してしまうと、遅延を理由とした損害賠償請求がより困難になることもあります。
条件付き猶予の法的効果
商品引渡し遅延の場合に、買主が「後1週間だけ猶予を与える」と条件を付した場合には、延期された1週間中に引渡しがされれば、買主は受領を拒絶できなくなります。このような条件付き猶予(conditional extension)は、書面で明確に記録しておくことが重要です。
前述のように、Divisible Contractsの文脈では、Estoppelの概念が重要な役割を果たします。受領拒絶の権利を持っているにもかかわらず、一度受領してしまった場合や、遅延を承認するような行動を取った場合、後になってその権利を主張することがEstoppelにより制限されることがあります。
これを防ぐためには、受領にあたって条件を明確に付し(「数量不足を承認しない旨」「遅延を理由とした損害賠償権を留保する旨」など)、書面で記録しておくことが重要です。
部分履行・出来高払いに関する各法制度の比較です。
| 比較項目 | 英国法 | 米国法 | 日本法 |
|---|---|---|---|
| 部分履行への報酬 | Divisible Contractなら認められる。Quantum meruitも | UCC・各州法で認められる。Quantum meruitも広く認める | 請負(民法634条)で出来高払い規定あり。部分引渡しで割合報酬可 |
| Substantial Performance | 認められる。欠陥分控除で残額支払い | 認められる(第2次契約リステイトメント§241) | 契約不適合責任(民法562条〜)で修補・代金減額・解除 |
| 数量不足引渡し | 受領拒絶可。受領した分は代金支払い | UCC§2-601: Perfect Tender Ruleで厳格(例外あり) | 契約不適合として代金減額・解除等(民法565条) |
| 引渡し遅延 | 受領拒絶可。受領後はEstoppelリスクあり | 受領拒絶可。Waiver法理に注意 | 受領拒絶可(履行遅滞)。催告後解除(民法541条) |
Q1. 建設契約でマイルストーン払いを定めていれば、自動的にDivisible Contractになりますか?
A. マイルストーン払いの定めはDivisible Contractの強力な証拠となりますが、必ずしも自動的にDivisible Contractとなるわけではありません。裁判所は、契約全体の文言・構造・当事者の意図を総合的に判断します。明確を期すために、「各マイルストーンの完成は独立した義務として扱われる」旨を契約書に明記することを推奨します。
Q2. Substantial Performanceが認められると、欠陥修補の費用はどうなりますか?
A. Substantial Performanceが認められた場合、注文者は請負人に対して本来の報酬を支払う義務がありますが、欠陥修補に要する合理的な費用を報酬額から控除することができます。したがって、最終的に注文者が支払う額は「本来の報酬額 - 欠陥修補費用」となります。欠陥の規模・修補費用が大きい場合は、Substantial Performanceが認められない可能性もあります。
Q3. 数量不足の納品を受け取った場合、損害賠償請求はできますか?
A. はい、できます。数量不足は契約違反ですので、不足分による損害(代替品の調達費用・生産ラインの停止損害等)について損害賠償を請求できます。ただし、受領拒絶をせずに受領した場合、受領行為が損害賠償請求権の一部を消滅させるわけではありませんが、受領後に問題を提起する場合は速やかに書面で通知することが重要です。また、mitigation of damages(損害軽減義務)に注意が必要です。
Q4. IT開発プロジェクトでもDivisible Contractの考え方は適用されますか?
A. はい、適用されます。IT開発プロジェクトは、要件定義・設計・開発・テスト・リリースといった段階で構成されることが多く、各フェーズを独立したマイルストーンとして定めることでDivisible Contractとして扱うことができます。アジャイル開発のようなスプリント単位の開発では特にこの考え方が重要です。フェーズごとの検収条件・成果物・支払条件を明確に契約書に定めることを強く推奨します。
Q5. 英文建設契約書のNEC・FIDICにおけるDivisible Contractの扱いは?
A. 国際的に広く使用されるNEC(New Engineering Contract)やFIDIC(国際コンサルタント技術者連盟)の標準約款は、通常、出来高払い(interim payment)の仕組みを採用しており、事実上Divisible Contractとして機能します。FIDICのRed Book(建設工事契約)では月次の出来高払い(Monthly Payment Certificate)が標準的です。これらの標準約款を使用する場合でも、支払い条件や欠陥責任期間(Defects Liability Period)については注意深くレビューすることが必要です。
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弁護士 菊地正登(片山法律会計事務所)
弁護士歴23年・国際法務歴17年。英国University of Southampton LLMコースワーク修了、ロンドンの法律事務所勤務経験あり。英文契約書の作成・翻訳・リーガルチェックを主な業務とし、英米法の実務的観点から国際取引をサポート。著書「海外取引の成否は『契約』で9割決まる」(幻冬舎)。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件に対する法的アドバイスではありません。個別案件については必ず弁護士にご相談ください。※英国法・米国法の解説は2025年時点の情報を基にしています。法改正等により内容が変わる場合があります。
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